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湿地 [著]アーナルデュル・インドリダソン

[評者]楊逸(作家)

[掲載]2012年08月05日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■事件で浮かび上がる悲しい過去

 アイスランドの首都・レイキャヴィクの一角、ノルデュルミリ(北の湿地)にある集合住宅で老人が殺された。現場に残されたメッセージや、引き出しの奥から発見された古ぼけたモノクロ写真を手掛かりに、犯罪捜査官・エーレンデュルが仲間とともに真相を追う。
 陰鬱(いんうつ)な湿地という事件現場に加え、肝心な場面になるといつも大雨が降ってしまう。あたかも時間に埋もれた悲しい過去が訴えかけているかのように。やがて、捜査線上に2組の母子が浮上し、その意外な繋(つな)がりから、40年前から続く凄惨(せいさん)な物語が手繰り上げられることに。
 「……母親と娘、父親と息子、母親と息子、父親と娘、望まれなかった子ども、この小さな国アイスランドで死んだ子どものことを考えた。遠くさかのぼれば、だれもがどこかで血のつながりのある、だれもが姻戚関係にあるこの小さな国で」。エーレンデュルが、薬物中毒の身である我が娘と、そのお腹(なか)に宿った赤ちゃんについて考える一文だ。事件の全容が見えてくるにつれ、この父娘の関係にも微妙な変化が起こる。
 アイスランド小説を読んだのは、これが初めてだ。北極圏に近い北欧のこの島国では、日々の生活に温泉と魚が欠かせないのが、日本と共通する。一見勤勉で優しい人々の穏やかな暮らしは、この殺人事件によって、人間関係——とりわけ様々な形を呈した親子関係が、アイスランドの特徴を帯びて、浮き彫りになる。
 どこかの国を知りたかったら、ミステリ小説を読めばいい、一番的確な案内書だ——「なぜミステリ小説を書いたか」という翻訳者の問いに、著者がイアン・ランキンの言葉を借りて答えたように、まさにこのミステリは、アイスランドの歴史、文化、風土、そして滅多(めった)に見られない人々の悩み苦しむ表情を見事に見せてくれたのではなかろうか、とそんな気がした。
    ◇
柳沢由実子訳、東京創元社・1785円/Arnaldur Indridason 61年、アイスランド生まれ。作家。

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