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詩文集 哀悼と怒り―桜の国の悲しみ [著]御庄博実・石川逸子

[評者]上丸洋一(本社編集委員)

[掲載]2012年08月05日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■牛の遺体のささやきを聴け

 被爆2日後の1945年8月8日、医学生の御庄博実は山口県の岩国から広島に入った。知人を捜して一日中、市内を歩き、横たわる瀕死(ひんし)の重傷者の名札をめくって歩いた(御庄『ヒロシマにつながる詩的遍歴』)。のちに御庄は「にんげんをかえせ」の詩人、峠三吉と交流し、広島の病院の院長として韓国人被爆者の救済活動などにあたってきた。
 石川逸子は、広島、長崎の死者たち、日本軍に殺されたアジアの死者たちの声に耳を澄ませて、詩の言葉に結晶させてきた。『定本 千鳥ケ淵へ行きましたか』などの詩集で知られる。
 御庄と石川。二人の詩人が「津波」と「原発」に向きあった詩文集である。
 〈着のみ 着のまま/無理やり避難させられた/1日か 2日かの避難と思っていたが/もう帰してもらえないという/牛(べこ)が腹を減らしているだろう/猫のタマもどうしているか〉(御庄「逃げる」から)
 これに呼応するかのように、石川が「牛のささやき」と題する詩をつづる。
 〈(神国日本は不敗)の次は/(日本の原発は安全)神話の/生贄(いけにえ)になった 動物たち・人間たち/(ハーメルンの男の吹く笛に/いつまで/付いていこうとするのだろうね?)//深夜 牛舎を照らす月光のなか/ものいわぬ牛の遺体が/ひそと ささやき交わすのを聴いた〉
 この国の総理大臣は、原発の再稼働に反対する人々の抗議の声を聞いて、「大きな音だね」と言ったという。そんな為政者に、牛の遺体の「ひそと ささやき交わす」声がはたして届くかどうか……。
 深い哀悼は、深い怒りにつながる。しかし、詩人は絶望しない。「次代への希望を持ち続けることが(略)放射能という病原からの復活への最強の『免疫力』なのだ」「『詩』もまたその一助でありたい」(御庄)と。
    ◇
西田書店・1470円/みしょう・ひろみ 25年生まれ。詩人、医師。いしかわ・いつこ 33年生まれ。詩人。

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