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ナリワイをつくる―人生を盗まれない働き方 [著]伊藤洋志

[評者]田中優子(法政大学教授・近世比較文化)

[掲載]2012年08月12日

[ジャンル]経済

表紙画像

■就職の対極にある生き方を

 仕事に困っている人、必読である。とにかく面白いし、力が湧く。
 ナリワイとは生活そのもの、あるいはそのための仕事の意味だ。本書での定義を要約すると、時間と健康をお金に換えるのではなく、頭と体が鍛えられて技が身につき、個人でおこなえる小規模の、人生を充実させる仕事のこと、である。資本主義社会におけるゲリラ作戦、とも表現する。就職の対極にある生き方の、堂々たる提案なのだ。
 そんな仕事あるわけないと、私は思わなかった。なぜなら江戸時代の仕事の大半はそういうものだったからである。お百姓は自力で家も食べ物も衣類も調達でき、布や紙を出荷する職人兼商人でもあったし、鳶職(とびしょく)は火消しでもあり商売人でもあった。サラリーマン社会が出現したとたん、男は会社一辺倒になり、女は「専業」主婦というものをめざした。著者によると、職業の種類は大正九年に比べて十六分の一に減った。業種を絞り込んで高度成長を果たしたのである。ニートは職種の減少に適応できない人が顕在化しただけ、という説は説得力がある。
 さてそこでどうするか、だ。ナリワイは一個、二個と数える。会社勤めしながら一個もつ。ひと月三万円のナリワイを十個もてばそこそこ食べられる、などと数える。著者はモンゴルに幾度も足を運ぶうちにツアーを組むようになり、床張りや木造校舎結婚式プロデュースなどを手がけている。いったん始めた仕事に執着しなくてもよい。なぜなら仕事とは就くものではなく作るものだからだ。世の中に矛盾がある限り仕事は無限にある。それを自分のナリワイにするための方法も、本書では指南している。
 ハウツーものか? と問われればそのとおりだ。ただし、今の価値観に乗るためのハウツーものではなく、未来を見据えた、思想のある批評的ハウツーものである。
    ◇
 東京書籍・1365円/いとう・ひろし 79年生まれ。ベンチャー企業やフリーランス記者を経てナリワイ実践者に。

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