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昆虫食文化事典 [著]三橋淳

[評者]山形浩生(評論家)

[掲載]2012年08月12日

[ジャンル]社会

表紙画像

■「虫を食う」人の営み、深く考察

 前に本欄で書評の出た快著『「腹の虫」の研究』は観念としての虫の話だったが、こちらは本当に腹に入れる虫の話だ。ちなみに入門者には日本のバッタの佃煮(つくだに)かラオスのコオロギ炒めが個人的にはおすすめ。イモムシ系はぼくですらハードル高いっす……
 閑話休題、昆虫料理の本は意外と多いが、このシリーズの前著『世界昆虫食大全』は分厚さも網羅性も群をぬく一冊だった。しかもキワもの紹介に終わらず、各地の虫の正確な同定まで行い、実用性ばかりか専門性も高かった。
 が、その続編の本書はさらに踏み込み、世界各地の昆虫食の文化を扱う。料理法や味の分析だけではない。虫の捕まえ方、その職能の社会的地位、文化の基盤となる虫自体の分布や気候特性との関わりや、はては経済的な分析まで考察された本当の「事典」だ。楽しさ重視の読み物としては、同著者の『昆虫食古今東西』(オーム社)のほうがおすすめだが、深さでは本書に及ばない。各種研究論文をがっちり参照して網羅的。
 その意味で本書は昆虫食を通じて人間を見返し、人間文化自体の多様性や意外性をも教えてくれる。身の回りの手軽なたんぱく源だった昆虫食も、都市化と共に廃れつつあるところも多い。その意味で、本書は失われつつある文化の記録としての面も持つ。
 が、映画やマンガなどに登場する昆虫食まで網羅した、懐古趣味に留まらない広がりも本書の魅力だ。一部地域では、いまや昆虫が肉より高価な嗜好(しこう)品として養殖されている。また本書には未載のようだが、カンボジアの一部ではクモを食う。ポル・ポト時代の食糧難での苦肉の策が定着したとか。一方の欧米では、サバイバル系レジャーの一環として昆虫食が市民権を得つつあるようだ。文化も地域や時代と共に変わり、昆虫食の意味も変わる。こうした新しい動きも含めた更新版もいずれは期待したいところ。
    ◇
 八坂書房・5040円/みつはし・じゅん 32年生まれ。著書に『昆虫学大事典』『世界昆虫食大全』など。

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