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定義集 [著]大江健三郎

[評者]いとうせいこう(作家・クリエーター)

[掲載]2012年08月19日

[ジャンル]ノンフィクション・評伝

表紙画像

■素人にしか知り得ない未来

 『「伝える言葉」プラス』についで、朝日新聞紙上での著者の連載がまとまった。
 そこには中野重治や井上ひさし、多田富雄やバルガス・リョサなど、様々な他者の言葉が引用され、意味や用法が“定義”されている。
 六年にわたる連載の間、著者はかつての長編エッセイ『沖縄ノート』の記述をめぐって、それが名誉毀損(きそん)にあたるか否かを法廷で争わざるを得なかったわけだが、その折々の主張の核心を読むことも本書の意義であろう。
 だが、長年の読者である私にとって何よりも特徴的なのはまず、このエッセイ集が徹底して“若い人たち”に向けられていることである。
 「十五年後が生の盛りの、若い人たちに問いかけます」「漢語に慣れていない若い人のためにいえば」など、大江賞の創設も含め、著者は新世代に直接働きかけ、言葉を受け渡していく決意の中にいる。
 もうひとつ重要なのは、本書にちりばめられた「アマチュア」という単語で、著者は自分を「アマチュアの読書家」と定義し、「アマチュアとしての知識人」を評価する。
 以前から著者は、“信仰を持たないが、祈りのようなものを持つ”と発言し、宗教家のようにいわば専門的な存在とは異なると自己規定してきた。
 アマチュアであること。それは不安定を選び続け、権威から離れ続け、しかし同時に弱い立場からプロフェッショナルに違和を唱える立場と言えるだろう。
 その意味では、作家とはいかなる存在であるべきかが、本書には明確に“定義”されている。常に素人として、時にプロ以上に調べ、誰よりも想像力を働かせる人間。
 連載時に原発事故が起こった。著者は大規模なデモを呼びかけ、核時代を批判している。原子力技術者や経済団体のプロからすれば、我々は素人である。だが、素人にしか知り得ない未来が確かにある、と著者は本書で示している。
    ◇
朝日新聞出版・1680円/おおえ・けんざぶろう 35年生まれ。作家。94年にノーベル文学賞を受賞。

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