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文明―西洋が覇権をとれた6つの真因 [著]ニーアル・ファーガソン

[評者]渡辺靖(慶応大学教授・文化人類学)

[掲載]2012年08月19日

[ジャンル]歴史 人文

表紙画像

■博識満ちた語り、複眼的な視点で

 かつて東洋の後塵(こうじん)を拝していた西洋は、なぜ1500年ごろから形勢を逆転できたのか。
 「近代化に成功したから」「帝国主義を進めたから」といったお決まりの答えがすぐに返ってきそうだが十分とはいえない。まず先に東洋が近代化や帝国主義の牽引(けんいん)役になっていても何ら不思議ではなかったからだ。
 この近現代史の壮大な謎に大胆な仮説をもって挑んだのが本書。著者はまだ40代だが、金融史や帝国論の名著を次々に世に問うているスター教授だ。論壇でも国際的な影響力を増しつつある。
 古今東西の史話を自由自在に紐解(ひもと)きながら、著者は西洋の覇権を可能にした六つの“キラーアプリケーション”——競争、科学、所有権、医学、消費社会、労働倫理——を抽出する。
 一見どれも漠然としているが、明の武将鄭和の外洋探検からジーンズの発明、欧州の世俗化に至るまで、博識に満ちた著者のスリリングな語りに誘われるうちに、その奥深い文明史的意義に目を見開かされてゆく。こうした優れたアプリをパッケージとして有していたのが西洋の強みというわけだ。
 著者は西洋中心主義を一蹴するが、巷(ちまた)に溢(あふ)れる反西洋主義に迎合することも拒む。たとえば、欧州の統治が及ぶことによってアフリカの奥地で公衆衛生や平均寿命が改善されたとして「ヨーロッパ帝国は、いわば一九世紀版の国境なき医師団だった」と臆することなく評価する。リベラルを自認する著者がときに「新保守主義者」のレッテルを貼られる一因だ。
 文明論というと地理的環境、親族構造、識字率、生産様式、軍事力など特定の要因を偏重した決定論に陥りがちだが、著者の複眼的視点には好感が持てる。その半面、「文明」や「西洋」という括(くく)りそのものに根本的な不安を覚えるし、キリスト教プロテスタントの影響力を過大視している印象も拭(ぬぐ)えない。
 とはいえ文明を複雑系の一種として捉える著者の視点はユニークだ。小さな刺激が予期せぬ連鎖によってシステム全体を崩壊させるように、文明はゆっくりと衰亡するのではなく「突然に崩壊する」とイメージされている。
 西洋から東洋へのパワー・シフトが指摘される現在、著者は西洋が自信を喪失することなく、手持ちのアプリをバージョンアップすることを提唱する。台頭著しい中国とてまだすべてのアプリを手にしたわけではないからだ。
 ひるがえって日本。課題は山積し、重大な局面が続く。そうしたときだからこそ、喫緊の政策論議のみに閉じることなく、巨視的な視座から日本の過去・現在・未来を捉え直す営為を大切にしたい。
    ◇
仙名紀訳、勁草書房・3465円/Niall Ferguson 64年、英国グラスゴー生まれ。ハーバード大学の歴史学部およびビジネススクール教授。米国のイラク戦争や経済政策で発言し、新聞や雑誌への寄稿でも知られる。『マネーの進化史』『憎悪の世紀』など。

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