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作家魂に触れた [著]高橋一清

[評者]後藤正治(ノンフィクション作家)

[掲載]2012年08月19日

[ジャンル]ノンフィクション・評伝

表紙画像

■コアを持つ「文士」の精神愛した

 一清(いっせい)さんと呼ばれていた著者は、「文学界」「別冊文芸春秋」「オール読物」など、編集者生活のほとんどを文芸誌で過ごした編集者である。水上勉、大庭みな子、立松和平……など担当した作家たちとの交流録であるから、遅筆作家との虚々実々の渡り合いはもちろん登場する。
 最たるは井上ひさし。原稿に行き詰まると、頻繁にファクスが入る。夕刻、深夜、明け方……。言い訳の弁であるが、結構、長文でウイットが利いている。「お便りごっこ」を楽しんでいる風でもある。縷々(るる)弁解する暇があったら原稿を書け! と一清さんに成り代わって言いたくなるのであるが、新しい夫人が産気づいたのでという一文、びっくり仰天する。
 すかさず、原稿を「男の約束です」とネン押ししつつ、別稿で「初めて男児の父になられた思い、いま新しい命に出会っての感慨をそのまま綴(つづ)って欲しいのです」と打ち返す編集者であった。
 まずは面白交流模様を記しつつ、主題は別にある。北国に寺久保友哉という純文学作家がいた。同人誌で見出(みいだ)し、サポートを行い、芥川賞の候補作となること4度。ついに受賞には至らないままに亡くなる。支笏湖の畔(ほとり)でゲラに手を入れ、別れた日もあった。そのとき手にした紅葉の一枚を、退社するまで机のガラス盤に挟んでいたとある。
 「覚悟」「羞恥心(しゅうちしん)」「官能」「描写」「深度」「一つの歌」……作家たちはそれぞれ「文業の根源」をもっていた。高橋一清は書き手のコアにあるものを凝視し、それがなんであれコアをもつ「文士」たちの精神を愛した。だからゆえに優れた編集者となり得たのだろう。
 ラスト、〈「文の力」「言葉の力」は、計り知れない。それを信じて、この仕事を続け、そして、作家魂に触れることができた〉と記している。そう、言葉の力を信じたいと評者も思う。
    ◇
青志社・1680円/たかはし・かずきよ 44年生まれ。文芸春秋を2005年に退社。『編集者魂』など。

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