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福田恆存 人間は弱い [著]川久保剛

[評者]中島岳志(北海道大学准教授・南アジア地域研究、政治思想史)

[掲載]2012年09月02日

[ジャンル]ノンフィクション・評伝

表紙画像

■庶民への愛と知的俗物への嫌悪

 今年は福田恆存(つねあり)生誕100年にあたる。近年、福田に注目が集まり、再評価が進んでいる。本書は若手研究者による本格的な評伝である。
 福田は東京・神田の下町で職人に囲まれて育った。そこで身に付いた職人気質が、庶民の良識を重視し、俗流インテリへの批判的態度へとつながる。
 福田は大学時代、英文学とともに「生の哲学」に関心を寄せた。福田は人間の非合理的な生命の力を直視し、理性の無謬性(むびゅうせい)を疑った。
 福田の懐疑は、イデオロギーに身を寄せる知識人への批判となって現れた。そして、文芸批評の先駆者・小林秀雄への痛烈な批判へと展開した。福田にとって、近代人の内面の空虚に迫った小林は、憧れの存在だった。しかし、小林は一般平凡人に見切りをつけ、天才の世界を追った。福田の眼(め)には、小林の姿勢が「現代の苦悶(くもん)」からの逃避と映った。
 福田は、保守的であるが故に「大東亜戦争」に与(くみ)しなかった。彼は、自己の出世欲のために政治にすり寄る「知的俗物」を嫌い、戦争指導者たちを言論で「当てこすった」。そして一切の職を辞し、自宅庭の防空壕(ごう)掘りに専念した。
 戦後、福田は批評家・劇作家として活躍する。彼は人間の不完全性を洞察し、そこから進歩的文化人たちを斬った。福田は絶対者と人間の二分法を重視した。人間は、理想社会を構築することはできない。なぜならば、絶対者ではないからだ。
 この両者の区別がつかない不遜な人間こそ、近代主義者の群れだった。福田は庶民の凡庸な英知を抱きしめる手で、彼らを払いのけた。そこには人間の弱さをいとおしむ眼と共に、理想の高みから庶民を裁くインテリへの嫌悪があった。
 人間の本質を見つめ続けた福田恆存。本書は、彼の歩みを辿(たど)る格好の導きとなる。
    ◇
ミネルヴァ書房・3150円/かわくぼ・つよし 74年生まれ。麗澤大准教授(日本思想史)。

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