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トマス・グラバーの生涯 大英帝国の周縁にて [著]マイケル・ガーデナ [訳]村里好俊・杉浦裕子

[評者]荒俣宏(作家)

[掲載]2012年09月02日

[ジャンル]ノンフィクション・評伝

表紙画像

■「外人」であり続けた近代商人

 幕末・明治に武器商人から企業家そして外交官の役割まで果たしたグラバーだが、英国では権威ある日本史書に一切言及されていないという。
 しかし彼は、故郷スコットランドのアバディーンで日本向けの軍艦を次々に建造させ、長州や薩摩の英国留学を助けて実家にまで住まわせるなど、スコットランドと日本を強く結びつけた。灯台建設では、その仕事を同郷のスティーブンソン家に依頼し、『宝島』の作者R・L・スティーブンソンが吉田松陰に関心をもつきっかけをも作った重要人物なのだ。
 同郷人である著者は、彼が大英帝国の「周縁」たるスコットランド人だった事情がそこに絡んでいると、力説する。しかも日本とスコットランドの立場は似ている。ともに大英帝国の産業力や教育制度の有効性に学ぶ一方、精神的には英国と距離を置き独自性を保とうとしたからである。日本の近代化に協力しながら、「外人」であり続けたグラバーの二面性に、著者は大きな関心を向けるのだ。
 それにしても直截(ちょくせつ)で個性的な書きっぷりの本である。グラバーを違法すれすれの不良外国商人と呼び、佐幕派と勤皇派の戦いを「天皇への忠誠競(くら)べ」と喝破し、終(しま)いには『ラスト・サムライ』や『スター・ウォーズ』のキャラクターまでが引き合いに出されるのだ。テーマの絞り方も個性的で、炭鉱経営に失敗し破産した時期の生活、多数いた兄弟姉妹との関係、また彼が育て上げた横浜の国産ビール会社については、その「キリン」マークの由来に関する秘話にまで及ぶ。
 だが「伝説破り」の非情な筆は、周縁に活動の場を据えた人物としての悲哀をも浮かび上がらせる。海外に飛躍したグラバー家で子を成した人は誰も故郷に戻らず、その子孫たちが日本やアメリカでスパイ視され、出自を隠さなくては生きられなかったとする結末には、無常観があった。
    ◇
岩波書店・3885円/Michael Gardiner 70年生まれ。英ウォリック大教授。

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