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天使のゲーム〈上・下〉 [著]カルロス・ルイス・サフォン

[評者]逢坂剛(作家)

[掲載]2012年09月09日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■現実と夢 めくるめく幻想世界

 本書は、著者の前作『風の影』に次ぐ、〈忘れられた本の墓場〉シリーズの、2作目に当たる。舞台は、同じスペインのバルセロナだが、時代背景は1作目より15年以上前の、1920年代。1作目の『風の影』は、本書が終わったところから始まる、という逆順の構成になっている。
 若い作家ダビッド・マルティンは、コレッリという謎の編集者から、奇妙な原稿の注文を受ける。〈塔の館〉と呼ばれる、古い屋敷にこもったダビッドは、押しかけ助手のイサベッラという少女に、身のまわりの世話を受けつつ、執筆に取りかかる。ダビッドには別に、クリスティーナという恋人がいるが、彼女はダビッドの友人であり庇護者(ひごしゃ)でもある、ペドロ・ビダルと結婚してしまう。
 物語は、コレッリとダビッドの哲学的な会話や、イサベッラとダビッドの、丁々発止の掛け合いで淡々と進み、その合間に活劇まがいの、さまざまな事件が織り込まれる。読み進むうちに、コレッリが実在しない人物のように見え始め、また非業の最期を遂げた〈塔の館〉の、前の持ち主の運命がそのまま、ダビッドの身にふりかかるように、思われてくる。このあたりは、前作同様現実と夢が複雑に交錯して、読む者をめくるめく幻想の世界に引きずり込む。
 ダビッドの意に反して、あるいは作者の意に反して、クリスティーナを巡る恋物語よりも、助手イサベッラのいちずな献身の方が、読む者の心を打つ。あるいは作者の思い入れも、イサベッラに対する方が、深いのかもしれない。その証拠に、本書の最後で、イサベッラは〈センペーレの息子〉と結婚し、2人のあいだにできた息子が、前作『風の影』の主人公、ダニエル・センペーレになるのだ。
 かかる傑作を、いきなり文庫本で読めるのは幸せなことなのか、不幸なことなのか。昨今の出版事情を考えると、まことに複雑なものがある。
    ◇
木村裕美訳、集英社文庫・上945円、下872円/Carlos Ruiz Zafon 64年生まれ。スペインの作家。

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