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「みんなの家。建築家一年生の初仕事」書評 仲間と職人が奏でる「交響曲」

評者: 中島岳志 / 朝⽇新聞掲載:2012年09月09日
みんなの家。 建築家一年生の初仕事 著者:光嶋 裕介 出版社:アルテスパブリッシング ジャンル:エッセイ・自伝・ノンフィクション

ISBN: 9784903951560
発売⽇:
サイズ: 19cm/221p

みんなの家。建築家一年生の初仕事 [著]光嶋裕介

 僕たちの時代の建築家が姿を現した。
 「みんなの家」とは、思想家・内田樹の自宅兼道場「凱風館(がいふうかん)」。内田は設計をこれまで一軒も家を建てたことがない若者に託した。しかも、ほぼ初対面でいきなり。本書は、若き建築家が設計の依頼を受けてから、一軒の家を完成させるまでを綴(つづ)った記録である。
 内田の周りには、自然と魅力的な人が集まる。内田はそれを拒まない。すると自宅は単なるプライベート空間を超えたパブリックの要素を持つ。仲間は「拡大家族」となり、家はみんなに分有される。私的所有という観念が揺らぐ。
 凱風館には、自(おの)ずと寄贈品が集まってくる。丸太梁(ばり)から棟木、冷蔵庫、ベンチまで。みんなは自分の家のように愛着を抱き、建築プロセスに関与する。内田は家の一部を開放し、若者にチャンスを与える。つまり、関係性の基盤が、市場的価値ではなく贈与によって成り立っているのだ。
 もちろん、お金はかかる。重要なのは、どこにお金を流し、何を支えるべきかを吟味することである。山を守りながら丹念に木を育てる林業者、国産材を使い続ける工務店、高い技術を持つ大工、土を知り尽くした左官職人、手作りの瓦屋……。安上がりの大量生産に背を向け、守るべき価値を大切にする職人たちを応援する。
 この共同作業は、オーケストラのハーモニーのようだ。相互に敬意を持ち、気持ちいい関係が構成される中、交響曲としての建築は完成する。
 住宅は住む人の「自我のメタファー(暗喩)」だ、と著者は言う。だから、「凱風館」が目指すものは内田樹のような建築だ。
 「凱風館」は、それ自体が思想である。そして、あるべき社会の方向性が提示されている。この建物は、グローバル資本主義の嵐が吹き荒れても、びくともしない。
 希望に満ちた清涼感のある一冊だ。
    ◇
アルテスパブリッシング・1890円/こうしま・ゆうすけ 79年生まれ。ドローイング集『幻想都市風景』。