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長い道 [著]宮崎かづゑ

[評者]松永美穂(早稲田大学教授・ドイツ文学)

[掲載]2012年09月09日

[ジャンル]ノンフィクション・評伝

表紙画像

■療養所での樹木のような70余年

 ハンセン病を発症して10歳のとき(昭和13〈1938〉年)に瀬戸内海にある長島愛生園に入園し、以来70年以上を園内で過ごしてこられた宮崎さんの自伝とエッセー。表題通りの長年の歩みが、温かく謙虚な筆致で綴(つづ)られている。
 家族愛に包まれて過ごした農村での子ども時代。入園後、病と闘いながら自立を目指して学び働いた日々。食糧不足で重労働に従事させられた戦時中。戦後は所帯を持ち、片足や手の指を失いながらも料理をし、ミシンを動かした。
 懸命に生きてきた一人の女性の話としてももちろん感動的だが、ハンセン病患者の隔離政策や、そのことが人々に与えた苦しみから目を逸(そ)らしたまま読むことは許されないのだろう。本書には元患者に関わる医師や聖職者の声も収められている。全国に13カ所ある国立のハンセン病療養所は、家族との連絡が絶えたまま高齢に達した元患者たちの終(つい)の棲家(すみか)となり、看取(みと)りの場所ともなっている。
 元患者のあいだにときに肉親以上の強い絆が生まれることは、親友の死を悼む慟哭(どうこく)のエッセーからもうかがえる。病気の後遺症に苦しみ、さらに癌(がん)という病を得た友人が、愚痴などは一切口にせず「視力が消えそうだけど、でも完全には消えてない。これってうれしいわあ」と、残っている機能を喜びつつ生きたこと。単なる執着とも違う、生への強力な肯定感に圧倒される。
 この本に綴られる食べ物の話も心に残る。実家で食べた料理の味、友人のために作り続けたスープ。目にした光景や耳にした言葉と同じくらい強く、食べ物の記憶が人を支え続けることを教えられた。
 「自分はまだ成長しつづけている樹木のような気がする」と語る宮崎さん。病気についても「かくあるべく与えられた」と受けとめ、長島という土地に根を張って、豊かに枝を広げている。その木陰で生涯を語っていただいたような、静かな感謝に満たされた。
    ◇
みすず書房・2520円/みやざき・かづえ 28年生まれ。80歳ごろからワープロで文章を書き始める。

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