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ドキュメント 東京大空襲 [著]NHKスペシャル取材班/東京大空襲 未公開写真は語る [著]NHKスペシャル取材班、山辺昌彦 

[評者]後藤正治(ノンフィクション作家)

[掲載]2012年09月16日

[ジャンル]歴史 人文 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■生々しい被災状況、深み帯びる「記録」

 いまも厚いベールに覆われた戦時中の出来事がある。東京大空襲はそのひとつ。死者の正確な数も不明のままだ。理由のひとつに、被災状況を伝える写真がほとんど残されていないことがある。過日、大空襲を収めた写真583枚が発見され、NHKスペシャルで放映された。発掘から放送に至る取材行を記したのが『ドキュメント東京大空襲』、写真を収録したのが『東京大空襲 未公開写真は語る』である。
 ネガは、民家の写真屋の押し入れの木箱に眠っていた。陸軍参謀本部に直属する「東方社」のカメラマンが残したもの。戦時期、「国威発揚」を目的に膨大な写真が撮られていたが、終戦時にほとんどが焼却された。奇跡的に“置き忘れ”られていたのである。
 燃え上がる民家、バケツリレーによる消火、廃墟(はいきょ)に呆然(ぼうぜん)とたたずむ人々……。空襲の日々が生々しく伝わってくる。取材班は、空襲を体験した高齢者たち、またB29の元搭乗員なども訪ねている。空襲は軍事施設を叩(たた)くことから「その辺へ」、さらに無差別爆撃へと拡大していく。存在の抹殺。それが東京大空襲だった。
 一枚、印象的な写真がある。九段界隈(かいわい)の、焼け跡の空き地。板を張り合わせた棺(ひつぎ)の周りを人々が取り囲んでいる。ゲートルを巻いた男が手を合わせ、モンペ姿の婦人が黙祷(もくとう)している。棺の側、セーラー服を着たオカッパ髪の少女が下を向いている。棺に横たわっているのは少女の身内であろう。
 虫眼鏡で、棺に貼られた名札が「出浦よし江」と読めた。この手がかりだけで、取材班は少女を捜し歩く。もう少女は故人となっていたが、戦後、2人の娘に空襲のことを語り継いでいた。棺に入っていたのは、焼夷(しょうい)弾の直撃を受けた、当時17歳の姉だった。
 撮影者は光墨弘。従軍カメラマンとして南方を転戦し、終戦間際、空襲を撮った。彼も亡くなっていたが、息子がフリーカメラマンとなっていた。父は息子に自分史を語ることはなかった。「酒びたり」「カメラを質屋に」……子に残る父親像である。この一枚を見せられ、息子はつぶやく。
 「ちゃんとこういう写真も撮っていたんですね……」
 戦後、東方社で活動したカメラマンたちは戦時下の仕事を黙したままに生きた。戦争に負けたからではあるまい。語るに値する仕事ではなかったからだ。だが、この一枚は——。
 両書から伝わってくるのは「記録」の力である。一枚の写真が、糊塗(こと)も粉飾もできない、戦争の事実を直截(ちょくせつ)に伝えている。そして、記録に〈物語〉が埋め込まれているとき、記録はより深みを帯びて読み手に迫ってくる。
    ◇
 『ドキュメント東京大空襲』1470円、『東京大空襲 未公開写真は語る』1890円、どちらも新潮社。
 NHKスペシャル「東京大空襲 583枚の未公開写真」は3月18日に放送された。山辺昌彦氏は「東京大空襲・戦災資料センター」主任研究員。

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