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今夜の食事をお作りします [著]遅子建

[評者]松永美穂(早稲田大学教授・ドイツ文学)

[掲載]2012年09月23日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■温かいまなざし 甘くない結末

 中国同時代小説のコレクションに収められた短編集。予備知識もなく読み始め、たちまち引き込まれた。中国では最北端の、ロシア国境に接する土地で生まれ育った女性作家だそうだが、北の風土と人情を描いた作品には、特別な情趣が漂っている。一方で都市を舞台にした作品でも、人々の心の動きが細やかに描き込まれ、登場人物が身近に感じられる。中国はさまざまな貌(かお)を持つ隣国だが、その中国の広さや多様性、バイタリティーをひしひしと感じさせられた。領土問題で日中関係は冷え込んでいるが、人と人が共感する場は国家に関わりなく開かれているのだと、あらためて確認したい。
 表題作は、地方都市に住む女性新聞記者が主人公。彼女は学芸欄の担当だが、その新聞社は読者獲得のためゴシップ記事にスペースを割くようになり、学芸欄はそのあおりでスペースを削られてしまう。(新聞の各欄が人間の臓器に喩(たと)えられていて笑いを誘う。経済部が肝臓なら学芸部は胆嚢(たんのう)か脾臓(ひぞう)って納得できますか?)学芸欄の削減は彼女の家庭生活にも影響を及ぼし、夫婦は家庭内別居にいたる。そこで彼女は驚くべき行動に出る……。
 遅子建の作品に共通するのは、貧しい人々に向けられる共感のまなざしだ。表題作の主人公が夕食を作ってやる、貧しい労働者の話。他の短編にも年越しの餃子(ギョーザ)のためにこそ泥をせざるを得ない男や、老体に鞭(むち)打って働く女性清掃員が登場する。世間から顧みられることの少ない人々に温かい光が当てられているが、結末は必ずしも甘くはない。やるせない現実に、読んでいて思わずため息が洩(も)れる。
 権力の腐敗も人間の傲慢(ごうまん)もいまに始まった話ではない。この作家は世界を寓話(ぐうわ)的に描き、長いスパンで人の世をとらえているように見える。絶えず自分の原点である北方に立ち返る素朴さと純粋さも、この本の大きな魅力である。
    ◇
竹内良雄・土屋肇枝訳、勉誠出版・3780円/Chi Zijian 64年、中国・黒竜江省生まれ。

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