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狼の群れと暮らした男 [著]ショーン・エリス+ペニー・ジューノ

[評者]柄谷行人(哲学者)

[掲載]2012年10月14日

[ジャンル]科学・生物 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■「カミ」になりたいという欲望?

 一般に狼(オオカミ)は、凶暴で狡猾(こうかつ)な動物だと見なされている。しかし、太古から人間と狼は、狩猟仲間として仲良くやってきたのだと、著者はいう。狼を恐れるイギリスの田舎に育った著者は、そのような考えをアメリカの先住民から学んだ。本書を読みながら、私は、かつて民俗学者柳田国男が言ったことを思い出した。柳田は、狼をカミと信じて畏敬(いけい)した時代があった、そして、日本には狼がまだ生存している、と主張して、半ば正気を疑われたのである。
 しかし、米・アイダホの山中で野生の狼の群れの中に入って2年間も暮らしたこの著者の行為は、正気を疑われるどころではない。狼に仲間だと認められるためには、何度も足や口をかまれ、喉(のど)や腹を狼の前にさらさなければならない。たとえそれで死ぬことを免れたとしても、傷だらけになる。おまけに、薬は使えない。入浴も不可。食べる物は、狼が分けてくれる獲物だけである。しかも、狼に承認されるということは、対等になることではなく、群れの中で最下位に位置づけられることだ。
 狼を愛し、保護し研究してきた人たちは少なくないが、著者のように、狼に受け入れられることを、命がけで追求した人はいないだろう。この本を読むと、狼の謎が多少解けたように感じるが、かえって、著者のような人間の謎は深まる。著者は、幼少年期以来の生い立ちからそれを説明しようとしている。煎じ詰めれば、人間嫌いで、動物が好きだということになる。
 しかし、キツネや狼に仲間として認められたとき、至福を感じる著者の心理は、そんなことでは説明できそうもない。それはまた、狼について認識を深め、学問的に貢献したいというような野心とも異なる。それは、「カミ」とともにある、あるいは、むしろ「カミ」になりたいという欲望ではあるまいか。このスリリングな読み物は、そんなことを感じさせる。
    ◇
小牟田康彦訳、築地書館・2520円/Shaun Ellis 64年、英国生まれ。Penny Junorによる聞き書き。

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