大川周明 アジア独立の夢―志を継いだ青年たちの物語 [著]玉居子精宏

[評者]中島岳志(北海道大学准教授・南アジア地域研究、政治思想史)  [掲載]2012年10月14日   [ジャンル]ノンフィクション・評伝 新書 

表紙画像 著者:玉居子 精宏  出版社:平凡社

■二元論に収まらぬ若き主体性

 アジア主義者であり、革命家だった大川周明。彼は5・15事件に関与し、獄中生活を送った。そして出所後の1938年、東亜経済調査局附属(ふぞく)研究所(通称、大川塾)を設立し、教育活動を開始する。ここで学んだ若者たちは、卒業後アジア各地に渡り、戦争の裏面や独立運動の展開に関与した。本書は、その若者たちの足跡を追う。
 大川は人材育成にこだわった。日本がアジアと共に生きるためには、現地の言葉が出来なければならない。大川塾では、アジア主義の教示と共に、徹底した語学教育がなされた。
 学生はすべて寄宿生活。学費は無料で、小遣いまで支給された。大川には子供がいなかった。そのため、学生たちを殊のほか可愛がり、時に寝顔を見て回った。
 大川は「正直と親切」の重要性を語り、アジアへの不遜な態度を諫(いさ)めた。学校では精神の鍛錬と体力の強化が図られ、分刻みのプログラムが課された。
 卒業した若者たちはアジア各地に派遣された。語学が堪能で現地に順応した彼らは、戦争がはじまると工作の最前線で活躍するようになる。そこでは、アジア連帯の理想と軍事戦略の乖離(かいり)に直面し、憤りや不満、葛藤を抱えた。
 彼らは、日本をアジアの指導者と見なさなかった。現地社会に埋もれ、主役ではなく媒介となることが、彼らの教えられた生き方だった。
 大川は、塾の運営の一方で、密(ひそ)かに対米工作を進め、戦争を回避しようとしたが、努力はむくわれなかった。彼は「あと10年早く、大川塾を始めたかった」と嘆いた。
 塾生たちは「戦争のために教育を受けたわけではない」と考えたが、否応(いやおう)なく時代の波にのみ込まれた。そこには「侵略か解放か」という二元論からこぼれる若き主体性があった。
 アジア主義の功罪を静かに問い直す好著。
    ◇
平凡社新書・924円/たまいこ・あきひろ 76年生まれ。ベトナムにあった外地校「南洋学院」などを調査。

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