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占領都市 TOKYO YEAR ZERO 2 [著]デイヴィッド・ピース

[評者]保阪正康(ノンフィクション作家)

[掲載]2012年10月14日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■帝銀事件の虚実描く長大な詩

 奇妙な小説である。いや特異なノンフィクションだ。いやいや長大な詩というべきかもしれない。
 占領下の1948年1月に起こった帝銀事件。松本清張の小説などでよく知られているこの事件を、イギリス人作家がまったく新しい表現形式で虚実を交えて書きおろした作品である。著者は当時の東京が魔界のような空間だったとの視点で、多様な形容詞を用いて表現する。虚構の都市、邪宗の都市……こうした形容詞が実は、帝銀事件の背後に垣間見えるというのがモチーフとなっている。
 著者は「単一の人物による単一の語りでは絶対に捉(とら)えられない」との思いから、この事件を12人の目を通して描いていく。厚生省技官と称する男に毒薬を飲まされるものの死なずにすんだ女性行員、事件を追う新聞記者、2人の刑事、正体不明の政治屋、探偵、さらに米ソの医師や検察官僚、事件の死者、その家族、犯人とされた平沢貞通、そして真犯人とおぼしき人物などの独白や心情吐露が独特の言い回しで語られるのだ。
 著者の意図は読み進むうちにしだいに明確になる。10人目に語られる平沢の独白は、彼自身がその生涯をなぞり、刑事に責められて偽りの証言をする心情を明かす。「わたしは帝銀事件に関しては無実だが、他にあまりに多くの罪がある」と言わせ、私生活で家族に迷惑をかけた罪を挙げる。しかし著者は七三一部隊の石井四郎とその研究班の罪禍を冷静に問い続け、その細部を知り、医師として罪の意識を持つアメリカ人将校の書簡を紹介しつつ、ソ連の検察官の複雑な心境とその立場も意外なストーリーで語る。
 11人目に登場する石井部隊の衛生兵は中国で帝銀事件の状況と同様に特務機関の命じるまま赤痢の予防と称し薬を住民に飲ませている。戦後の彼の寒々とした心象風景とその死の姿。この事件の底深さに気づかされ愕然(がくぜん)となる。
    ◇
酒井武志訳、文芸春秋・2100円/David Peace 67年、英国生まれ。現在は日本在住。作家。

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