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青い脂 [著]ウラジーミル・ソローキン

[評者]山形浩生(評論家)

[掲載]2012年10月21日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■文学の未来映す“低俗”ギャグ

 昔の人は、小説のヤワなエッチ描写ごときで発禁だ裁判だと大騒ぎしたもんだが、モロ出し動画がネットでいくらでも見られる現在、もう小説ごときで、下品だエロだ低俗だと騒ぐ時代ではありませんわオホホホホと思っていたところに降って湧いた衝撃作。笑っちゃうくらいのお下劣お下品全開ぶりでありながら(いやまさにそれ故に)いまどき文学への希望と確信を力強く語るという、時代錯誤なのに目新しく、古くさいのに新鮮な代物が本書だ。
 未来ロシアの研究所でスカトロ両刀づかいの変態どもが中露混合の悪態をつきつつ、文学クローンを作って小説を書かせ、謎の物質「青脂」を生産。それがスターリンとフルシチョフがグチョグチョの愛欲相関図を繰り広げる変な二十世紀に送り返され、そしてヒトラーとの野合と対決の末スターリンはついに青脂を自ら……というのがストーリーなんだが、これを知ってもあまり意味はない。本書のだいご味は、あらゆる場面に充満するSMに殺戮(さつりく)にウ×コにチ×コの飛び交う造語まみれの文体にあるんだから。
 造語だけじゃない。青い脂生産に使われる各種文学クローンは文体模写の大傑作。トルストイ風SM小説! ナボコフ式虐殺小説! どれも一見普通の書き出しから唐突に異様な世界に突入するソローキンの瞬間芸的作風が全開だ。そして大笑いしつつも、読者は考えさせられる。作中の人々が大騒ぎするこの青脂とは?
 著者はそれを通じて、二十一世紀にあっても文学のもつ力を高らかに歌い上げ、この低俗きわまるギャグ小説自身が、いつしか文学の未来そのものに転ずるという神業ぶりを示す。
 異様(だと思う)な原文を、これまたとんでもない日本語に訳しきった訳者たちの偉業にも敬服。読者諸賢もこの青い脂を注入し、脳を爆発させんことを!
    ◇
 望月哲男、松下隆志訳、河出書房新社・3675円/Vladimir Sorokin 55年ロシア生まれ。作家。『ロマン』『愛』。

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