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踊ってはいけない国、日本 風営法問題と過剰規制される社会 [編著]磯部涼

[評者]いとうせいこう(作家・クリエーター)

[掲載]2012年10月28日

[ジャンル]政治

表紙画像

■人類的行為を抑圧する不均衡

 一般に風営法と呼ばれる法律によって、特にここ数年、大阪を中心としてクラブが摘発され続けている。主に若者を顧客として持ち、DJによる大音響での音楽再生によって踊りを楽しむ方のクラブだ。
 これまでも“午前零時、条例によっては午前一時を過ぎて客を踊らせていた”罪での摘発はあったが、運用は比較的穏やかだった。それが今、どういうわけか一気に厳格化されつつある。
 なぜ踊ってはいけないか。法の運用に恣意(しい)性はないか。表現の自由を抑圧していないか。そうした疑問から「レッツダンス署名推進委員会」が立ち上がり、私も呼びかけ人の一人となっている。
 そのような流れの中、本書では多種多様な意見を持つ言論人が風営法の由来や現在でのあり方、時には署名運動の妥当性をも含めて考える。
 例えば宮台真司は、地域共同体の空洞化によって、あらゆる事柄に行政による抑制を求めるクレージークレーマーが現れ、いわば監視社会を生んでいると言う。そのひとつの延長がクラブ摘発だというわけである。
 「規制内容の曖昧(あいまい)さは、警察にとっては都合がいい」と書くのは松沢呉一で、「ゴミや騒音は条例など別の法律で規制すべきこと」だと冷静に述べながら、このままではカウンターのあるバー、小料理屋、スナックにも摘発の手は伸ばし得ると指摘する。第二条の中に「客の接待をして客に遊興又は飲食をさせる営業」が入っているからだ。
 また思想家・千葉雅也は個々の「ダンス」自体に、規律訓練による支配から身体を奪い返す闘いを見る。折しもダンスは学校で必修になったが、それは規律訓練であって真の「ダンス」ではあるまい。
 百家争鳴の中、ともかく私たちは「踊る」という人類的行為を夜中以外に、管理下で行うよう指導されている。規制社会の不均衡な現状が、この本で端的にわかる。
    ◇
 河出書房新社・1680円/いそべ・りょう 78年生まれ。音楽ライター。『音楽が終わって、人生が始まる』など。

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