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団地の空間政治学 レッドアローとスターハウス [著]原武史

[評者]鷲田清一(大谷大学教授・哲学)

[掲載]2012年10月28日

[ジャンル]社会

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■戦後の地下水脈、掘り起こす発見

 昨年まで大阪の千里ニュータウンに暮らしていた。単身赴任ということもあって、10年暮らしても、その地域コミュニティの一員であるという感覚に浸ることはついになかった。床屋の親父(おやじ)とは昵懇(じっこん)になったが、スーパーマーケットのレジ係やキヨスクの店員さんと立ち話をすることもなく、隣人と接触するのは、ゴミ収集日という、よりによって行政によって設定された機会だけだった。関係を紡ぎだそうと動かなかったら、どんどんじぶんのうちに陥没してしまいそうな、そんな生活だった。
 こうした暮らしのなかでなんかヘンだなと思いながら問いつめられなかった二つの通説、それがこの本を読んで氷解した。一つは、団地やニュータウンの生活は、コンクリートの壁とシリンダー錠で私的生活を隔離することによって人びとをしがらみから解き放ったが、それとともに地域コミュニティを修復不可能なまでに崩壊させてしまったという説。いま一つは、スーパーマーケットに象徴されるモダンで快適な消費生活が、アメリカの中間階級の暮らしぶりをモデルに構築されたという説。
 これに対し著者が提示するのは逆方向からの視点だ。一つは、室内だけでなく団地という空間の全体を見ること。いま一つは、同型の棟の林立する風景が、アメリカの郊外のそれとはまるで違い、旧社会主義国のそれに酷似していること。こうした視角から、自治会報など膨大な資料をもとに実地調査したのは、大阪の香里団地、東京のひばりが丘団地、多摩平団地、千葉の常盤平団地など、賃貸中心の大型団地である。
 初期の団地には、私生活主義とは逆ベクトルの自治活動がしかと芽生えていた。働く女性たちによる保育所開設運動から、都心部への通勤手段である鉄道の運行改善要求、さらには行政・公団・電鉄に対する提案や批判へと展開してゆく地域民主主義の活動である。これらは、町内会や隣組などかつての「上」からつくられた組織とは違い、住民自身による「下」からの運動であった。
 そこには沿線の「知識人」たちを核とする無党派の市民運動と、支持基盤を炭鉱労働者から新中間階層へ移そうとしていた革新政党の仕掛ける運動とがあったが、いずれも沿線の立地と深く連動していた。とくに共産党細胞の活動と西武資本による独占的開発とが皮肉にも重なり合う西武沿線についての詳細な記述には、これまで語られてこなかった「戦後思想史の地下水脈」をのぞき見るかのような、いくつかの発見がある。
 これらの地域はいま住民の高齢化という「過疎」問題を抱える。その取り組みへの「空間政治学」からの提言を次に聴きたい。
    ◇
 『団地の空間政治学』NHKブックス・1260円、『レッドアローとスターハウス』新潮社・2100円/はら・たけし 62年生まれ。国立国会図書館職員、日本経済新聞社会部記者などを経て、現在、明治学院大学教授。専攻は日本政治思想史。

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