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夕鶴の家‐父と私/桔梗の風‐天涯からの歌/飛花落葉‐季を旅して [著]辺見じゅん

[評者]保阪正康(ノンフィクション作家)

[掲載]2012年11月04日

[ジャンル]ノンフィクション・評伝

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■自ら生きた昭和、澄んだ目で直視

 歌人、作家、民俗学徒、それに出版社経営など多彩な顔を持っていた辺見じゅんさんが逝ってから1年余が過ぎた。同年生まれで世代体験も共有しているためか、私もなんどか対談を行った。そのような折に文筆家としては、父・角川源義(角川書店創業者)への思いを土台に据えての自伝、それと今手元にある芥川龍之介が新進の歌人に宛てた恋文を題材にしての作家の恋愛、この2作を書き残さなければと焦っているのよと低い声でつぶやいていた。
 この3冊は「遺稿エッセイ集」と名づけられているが、要は辺見さんの出版社の社員たちが46年間のその文筆活動の間に書いた随筆、紀行文などを編んだもので、「辺見じゅんはいかに生きたか」が理解できる構成になっている。改めて読むとこの作家・歌人には三つの大きなテーマがあったと理解できる。「父・源義の学究の世界」「母性で確かめていく昭和史」「言葉にこめられた庶民の情念」。3書に収められている文章は、ほとんどがこの3点に収斂(しゅうれん)されるという点では、辺見さんは自らの生きた時代を澄んだ目で見つめ続けたように思うのだ。
 『夕鶴の家』では、父を通して見た戦争体験、折口信夫門下の父が学術の場から離れる理由、その父の闘病生活が語られていく。昭和50年に源義の58歳での病没が契機となって文筆の世界に立つ。それも「『昭和』への旅」という目標を掲げた。太平洋戦争を始めとして戦争で亡くなった人たちの世紀、それを直視しようと決意したと明かしている。歌人として、日本の村々の営みがどのように解体していったかを確かめ、それを次代に伝えようと志した。
 戦場で餓死する兵士たち、軍事指導者の失態を隠すために死を強要される兵士たち、そういう話を数多(あまた)聞きとりながら、これが「あのむごたらしい戦争を伝える民話ではないか」との悟りも持つ。辺見さんは教条の文筆家ではない。自らが育った富山県の祖父母の語る民話、父から聞かされる折口や柳田国男の学説、そして父自身の俳句の心構えなどを通して、日本の共同体が崩壊していくことへの静かな怒りは、戦後社会が見失っていた良質のナショナリズムへの渇望である。その愛惜が3書の頁(ページ)の端々にある。
 辺見さんは角川書店の編集者として、父と文化人の交流の中に身を置くこともあった。山本健吉や土屋文明、上田三四二、寺山修司などとの思い出、寺山を語る中には「きらめく五月の季節に逝った」など歌人ならではの表現に出会う。辺見さんには万葉集から始まる日本の古語、現代語がすべて詰まっていて、もうその表現に出会えないのかと寂寥(せきりょう)感に捉われる。
    ◇
 幻戯書房・各2310円/へんみ・じゅん 1939〜2011年。早稲田大学文学部卒。編集者を経て、歌人、ノンフィクション作家。著書『男たちの大和』『収容所(ラーゲリ)から来た遺書』、歌集『闇の祝祭』など。02年に幻戯書房、07年に弦短歌会を設立。

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