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チャイナ・ジャッジ‐毛沢東になれなかった男 [著]遠藤誉

[評者]原真人(本社編集委員)

[掲載]2012年11月04日

[ジャンル]政治

表紙画像

■厚みある情報で事件の謎に迫る

 中国共産党のトップ9人による集団指導体制の実態を克明に描いた前作『チャイナ・ナイン』は、日本の中国報道に少なからぬ影響を与えた。それまでメディアで伝えられてきた「胡錦濤(フーチンタオ)VS.江沢民」「共青団VS.太子党」という単純な対立の図ではない、新鮮な分析だった。本書もまた薄熙来(ポーシーライ)事件を、従来の報道にはなかった視点で読み解く。
 この2月、重慶市トップの薄の腹心が米総領事館に逃げ込んだ。薄の妻が英国人ビジネスマンを殺害したことも明らかになる。前代未聞で謎多き事件だ。著者は、公開、非公開のあらゆる情報を集め、権力者たちの親世代の因縁めいたエピソードまでひもとき、空白部分を埋めていく。
 謎解きの結果、浮かび上がるのは国際サスペンス小説さながらの驚くべき筋書きだ。
 毛沢東人気を利用し、民衆扇動の政治運動をおこして最高権力の座を狙う薄。現政権は何年も前からその薄を危険視し、失脚の機をうかがう。だから米総領事館駆け込み事件は千載一遇の機会となる。
 一方、薄側は現政権に盗聴を仕掛け、息子の留学先で英国諜報(ちょうほう)機関と薄家との関係が疑われていると知る。あわてて出入りの英国人をスパイと誤解し、殺害してしまう。
 事件を受け、現政権は「中国共産党体制の安定維持」という一点でまとまり、薄を切る「チャイナ・ジャッジ」を下す。著者はそう読み解く。
 10年ぶりの政権交代をひかえた中国だが、公表情報が少なく、専門家の分析は推測が多くならざるをえない。そのなかで著者の分析のもととなる内部情報は、その厚みや生々しさで際だっている。
 著者は中国残留・引き揚げの経験があり、著書を巡って小説「大地の子」に無断利用されたと山崎豊子さんと裁判で争ったこともある(著作権侵害せずの判決)。幼き日にかの地で張った根が、後に学者として耕され、さらに太い人脈となったのではないか。
    ◇
 朝日新聞出版・1785円/えんどう・ほまれ 41年生まれ。筑波大学名誉教授。『拝金社会主義 中国』など。

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