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赤羽正春「白鳥」書評 様々に形を変え、文化を紡ぐ

評者: 田中優子 / 朝⽇新聞掲載:2012年11月04日
白鳥 (ものと人間の文化史) 著者:赤羽 正春 出版社:法政大学出版局 ジャンル:歴史・地理・民俗

ISBN: 9784588216114
発売⽇:
サイズ: 20cm/355p

白鳥 [著]赤羽正春

 白鳥が白い布となり、飛天となり天使となる。魂は白い鳥に姿を変え、飛び去り飛び来る。世界中で白鳥は様々に形を変えながら人とともに文化を紡いできた。本書ではその全体が見える。
 生き物としての白鳥だけを書いた本であれば、私はさほど興味をひかれなかったろう。本書は白鳥の渡りや餌付けや保護の章を置いてはいるものの、そのほとんどで、人間が古代から白鳥に託してきた意味を探索しているのだ。なぜ人は、自らがここにいる意味を動植物、つまり自然に託して語ろうとするのか? これは文学から彫刻まで、あらゆる芸術の根底にある謎だ。
 本書は四十四年の歴史がある「ものと人間の文化史」シリーズの一冊である。本書で百六十一冊目となる。まさに「もの」と「人間」が関わりながら文化を編み出しているわけだが、その背後を支える壮大な自然界が見えることも、このシリーズの特徴だ。本書もその特徴を持っている。
 白鳥処女伝説というものがある。複数の白鳥が衣を脱いで水浴びをしている。それを見た青年が一枚の衣を隠す。衣を着られない女性は青年と結婚する。その後のストーリーの展開は様々だが、誰もが一度は聞いたことのあるこの物語は、世界中に分布する。そこで同類の話を比較すれば、白鳥が羽衣、つまり布に変換されることが知れる。日本において神に捧げる布は幣帛(へいはく)で天の羽衣は幣帛と重なり、日常の布が持っていた特別なちからも納得できる。
 著者はシベリアのブリヤート人の村で、白鳥を起源とする人々に出会った。つまり、帰れなくなって青年と結婚した白鳥の子供たちである。人が生きるためには自然を受け容(い)れ、動植物と共存しなければならない。それを知っている人々である。私たちもそういう人間であったはずだが、そのことをどこかに置き忘れたまま生きている。それを痛感させられる本である。
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 法政大学出版局・3675円/あかば・まさはる 52年生まれ。民俗研究者。著書『樹海の民』など。