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無罪 [著]スコット・トゥロー

[評者]後藤正治(ノンフィクション作家)

[掲載]2012年11月04日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■ほろ苦い連帯感にじむ法廷小説

 アメリカの法廷ミステリーのファンである。謎解きの妙もさることながら、アメリカの、ひいては現代社会の「いま」をひしひしと伝えてくれるジャンルであるからだ。スコット・トゥローの『推定無罪』は陰影濃い物語で、〈文学〉の域に達していると思った記憶が残っている。23年ぶりに続編『無罪』が刊行され、手に取った。
 首席検事補だったサビッチは州上訴裁判所の首席判事となり、かつての事件の傷をなんとか糊塗(こと)しつつ妻バーバラとの家庭を維持している。初老を迎えつつ、「手の届かなかった、幸福の一片をまだ手に入れていない」という疼(うず)きを抱え、調査官アンナと道ならぬ道へと入っていく。
 バーバラが死ぬ。抗鬱(こううつ)剤など薬物の常用者だった。薬の誤用による自然死と認められるが、サビッチが外部に連絡を取ったのは1日後であった。なぜだったのか。
 地方検事代行のモルトが捜査に乗り出し、殺人罪でサビッチを訴追する。薬物、指紋、パソコンデータ、DNA鑑定……などをめぐり検察と弁護側は激しく争うが、遺恨とポストをめぐる思惑もからまっていた。法曹界の卵となっているサビッチの息子ナットがアンナと親密になり、糸はさらにもつれていく。裁判は司法取引によって一応の決着がつくが、ラスト、どんでん返しが待っている。
 法のプロたちはあらゆる法廷戦術を駆使しつつ、一点、法的規範の遵守(じゅんしゅ)にはこだわる。やってもいない罪で収監させてはならぬ。サビッチの保釈に動いたのは宿敵モルトだった。根本においてフェアであろうとする精神がアメリカ的であり、また作品を支える思想性ともなっている。
 法の決着は人生のテーマを解くものではない。前作と同じように、決着をみてなお人々を包む霧は深い。読後残るのは、人はだれもその肩に荷物を背負って歩んでいくというほろ苦い連帯感である。
    ◇
 二宮磬訳、文芸春秋・2310円/Scott Turow 49年生まれ。弁護士。元シカゴ地区連邦検察局検事補。

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