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やっかいな放射線と向き合って暮らしていくための基礎知識 [著]田崎晴明

[評者]山形浩生(評論家)

[掲載]2012年11月11日

[ジャンル]科学・生物

表紙画像

■生産的な議論へ、誠実正確な解説

 昨年の東電福島原発事故による放射線の影響で、このぼくを含め日本住民のほぼ全員が、恐怖と不安の中で、この一年半を送ってきた。目に見えず、なじみもない放射線を不安がるのは当然だ。だがお手軽な対応を求めて怪しげな情報に踊らされ、ためにする極論を真に受けて無用に不安をつのらせる例もいまだに多い。
 困ったことに、少量の放射線による影響については、まだわからないことも多い。でも、はっきりわかっていることもある。そしてそれを知ることで、極論がどうして極論なのかも理解できる。
 本書は、ある科学者がそのわかっている/いないことを調べて、ていねいに説明した本だ。
 一読してわかるのは、本書の誠実さだ。読者をバカにしない。不正確な例え話でごまかさず、科学的に高度な内容が必要なら、端折らず説明する。科学者とはいえ、放射線の専門家ではない著者は、国際放射線防護委員会などの報告や提言を活用する。でもうのみにはしない。
 その機関が各種結論や提言を出した論拠や考え方もきちんと説明する。原発事故に伴う政府不信や科学不信から、こうした既存機関すべてを否定する論者さえいる。だが否定するにしても、その主張をまず理解しなければ。本書は、そうした否定派ですら議論のベースにできるものだ。
 本書は「安全です!」とも「危険です!」とも言わない。本書の記述を受けてどう行動するかは人々の裁量次第で、どういう裁量があり得るかについてまで親切に議論されている。でも、どんな行動についても、本書は自信と安心を与えてくれるだろう。
 なお、本書で触れられていないのが放射線の測定。安物測定器を買ってボタンを押し、出た数字に一喜一憂する例も多く見かける。これについては丸子かおり『放射線測定のウソ』(マイナビ新書)で勉強を。また放射能への長期的な対応も、現場レベルでは獅子奮迅の努力が行われているが、情けないことに国としてはいまだにまともな体制やガイダンスが整ったとは言いがたい。『スウェーデンは放射能汚染からどう社会を守っているのか』(合同出版)は、チェルノブイリ後の社会レベルの対策と個人の対応について同国政府がまとめたもので優秀。
 まだまだぼくたちは、いや応なく放射線とつきあわざるを得ない。今後、社会的な対策を整備する中でも、本書の水準が共通の前提となれば議論は本当に生産的となるはず。本書はネット上で書かれ、いまも全文ネットで公開されているので、買わない人でもぜひご一読を。これがいま必要とされる放射線のリテラシーだ。
    ◇
 朝日出版社・1050円/たざき・はるあき 理論物理学者、学習院大教授。米プリンストン大学講師などを経て現職。「量子多体系の数理物理学的研究」で第1回久保亮五記念賞(1997年)。著書に『熱力学』『統計力学1、2』、共訳書に『「知」の欺瞞』。

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