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万引きの文化史 [著]レイチェル・シュタイア

[評者]出久根達郎(作家)

[掲載]2012年11月25日

[ジャンル]ノンフィクション・評伝

表紙画像

■れっきとした犯罪なのに

 古書店の店員になった直後、万引きを目撃した。あの時の衝撃を、今も忘れない。三つ揃(ぞろ)いの紳士が当たり前のように、雑誌を背広の内側に忍ばせたのだ。そのまま店を出ていくのである。私は足がふるえて、声をかけられなかった。
 その後、何十件も遭遇した。もはや、ひるむこともない。咎(とが)めると、冗談だよ、と照れ笑いする者、金を払えばいいだろう、と開き直る者、いろいろだった。捕まえた方が、何だか後ろめたくなる。万引きは、実に妙な犯罪だった。
 映画「ティファニーで朝食を」のオードリー・ヘプバーンは、雑貨店で猫のお面をくすねる。同伴者の青年作家も、真似(まね)て彼は犬の面を選ぶ。二人は面をかぶって逃げる。アパートに戻った二人は、お面を外して見つめあい、そして抱き合う。万引きは映画や小説の場面に取りあげられた。
 その意味では文化には違いないが、れっきとした犯罪なのである。
 人はなぜ万引きをするのだろうか。特別の技を要しない。誰だって、しようと思えば簡単にできる。しかし実行するには理由があろう。本書には種々の事例が出てくる。
 裁判官の娘の重役は、自分を貶(おとし)めることが快感だったと語り、小説家の女性は、盗んで集めた品々を見るとスリルを感じる、と告白した。
 貧しいから盗むのではない。2006年ブッシュ大統領の補佐官が、モップなどを万引きして逮捕された。16万1千ドルもの年俸を得ながら、88ドルのステレオを盗んだ。裁判でこう供述した。ハリケーンの被災者に対し、取った政府のまずい態度を自分は恥じていた。自罰意識が恥ずべき行為に走らせたと。
 訳者のあとがきによると、わが国書店の損失額は260億円以上、この内の73%余が万引きによるものと(2007年統計)。読んでいて気がめいってくる。最後に訳者のこの一言でやっと笑えた。「この本を買ってください」
    ◇
 黒川由美訳、太田出版・2310円/Rachel Shteir 米デポール大学演劇学部の准教授で美術学士課程の主任。

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