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大阪アースダイバー [著]中沢新一

[評者]荒俣宏(作家)

[掲載]2012年12月02日

[ジャンル]歴史 社会

表紙画像

■笑いの底にある死者との交流

 縄文人が住んでいた海進期の日本は、現在の地形と全く異なり、大都市の多くは海の下にあった。そんな時期に育まれた「野生の日本」の痕跡を歩き回れば、その呪縛がどれほど強く現在の都市社会の成り立ちに作用しているかが分かる。
 この「アースダイバー」手法をもって探訪される大阪は、南方や大陸から来る海が押し寄せる文明の孤島だった。その大秘境へ歴史ダイビングを敢行する本書は、大阪こそ日本に成立した「ホンマモンの都市」だったと、スリリングに謳(うた)いあげる。
 たとえば、あの自治都市、堺。そこには、濠(ほり)や壁を巡らせた城塞(じょうさい)都市を母形とする、自由を死守する市(シティ)と市民が生まれた。一方、海の中から現れた砂州だった大阪市内では、農地から発生する権力だの地縁だのに属さない、無縁で自由な海民が、壁をめぐらす代わりに物と金銭を機軸とする「市(マーケット)」を築いた。その異質な無縁社会を律する新たな規範、「信用」を武器にして、船場の商人は都市をつくる。
 しかし、本書のダイブはさらに深海へと進む。たとえば、大阪のお笑い興行と「差別」の根っこにまでも。
 いまミナミと呼ばれる界隈(かいわい)は、笑いや官能や快楽の一大歓楽街だが、かつて広大な墓地や火葬場、刑場にあてられた場所だった。芸能は死者を葬る儀礼から生まれる。通夜の席や死者の口寄せに付き物だった謎かけや「掛け合い萬歳(まんざい)」から、ボケと突っ込みをセットとする大阪漫才が発展する。また上町台地でも、墓地に隣接し巫女(みこ)が神懸かりする場所だった生玉(いくたま)(生國魂〈いくくにたま〉)神社に最初の落語「彦八ばなし」が掛かった。
 大阪のお笑いの古層には、神々や死者との交流・交渉を担った「聖地の思考」があるのだ。吉本のお笑い芸や大阪のおばちゃんの性格を通して論証していく語り口が、すでに「芸」の域に達している。
    ◇
 講談社・1995円/なかざわ・しんいち 50年生まれ。思想家、人類学者。『アースダイバー』『野生の科学』。

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