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バビロンの魔女 [著]D・J・マッキントッシュ

[評者]楊逸(作家)

[掲載]2012年12月02日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■人間の欲望が破壊する古美術

 黄金と富こそは戦争の一番の動機である——という名言が、何度も脳裏に蘇(よみがえ)ってきた。
 イラク戦争の真っただ中の2003年、「バグダッドの財宝の館、世界に名高いイラク国立博物館」では、凄(すさ)まじい略奪戦が繰り広げられ、ハトラやコルサバードなどの遺跡から出土した古美術品が狙いの的となっていた。が、盗賊たちが欲する目玉品の「石板」は途中から行方知れずに。
 およそその3カ月後、アメリカ・ニューヨークに暮らす世間知らずの若き古美術商、ジョン・マディソンは思わぬ不幸に見舞われた。自分を育てあげた兄を交通事故で亡くして間もなく、今度は幼馴染(なじみ)のハルが殺された。ハルと最後に会ったジョンは容疑者と目され、その上得体(えたい)のしれぬ犯罪グループに追われるようになる。
 ストーリーは早くも波乱の道に暴走し始める。ハルの仕掛けたゲームをヒントに、石板の在り処(か)を求めるジョンは、時々刻々と迫ってくる危険を潜(くぐ)り抜けようと、半ば逃亡するような生活に陥って、あげくの果てに、拉致され、イラクまで連れて行かれてしまった。
 行間に躍る激しいアクションと緊迫した空気、その描写は、ハリウッド映画を彷彿(ほうふつ)とさせる。ところで肝心の石板とは。「ナホム書の石板」と言われ、失われた旧約聖書の原本だった。
 メソポタミア文明、バビロン王女、旧約聖書に登場するナホム等々——サスペンスを解くためのこれらのキーワードから、「2つの川の間の土地(メソポタミア)」の歴史が次第に形を成して脳裏に浮かんでくる。
 戦争によって破壊された古美術。たとえ戦火を免れ、平和を享受する豊かな社会に逃れることができたとしても、人間の欲望によってまた破壊されないとは限らない。非常時における文物の保護、という課題を読者に突きつける一冊なのではなかろうか。
    ◇
 宮崎晴美訳、河出書房新社・2100円/D.J.McIntosh カナダの元編集者。本書が初の長編となる。

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