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訣別 ゴールドマン・サックス [著]グレッグ・スミス

[評者]渡辺靖(慶応大学教授・文化人類学)

[掲載]2012年12月09日

[ジャンル]経済

表紙画像

■ウォール街の内実、臨場感で

 1990年代以降、米金融業界では規制緩和が進み、銀行や証券の垣根を越えた合従連衡が加速した。今日では六つの巨大総合金融が強大な影響力を行使しており、その一つが老舗ゴールドマン・サックス社である。
 1978年生まれの著者は学生時代から同社で働くことを夢み、晴れて入社後も「顧客第一」を矜持(きょうじ)とする同社の気風に誇りを抱き続けた。人望も厚く、キャリアも順風満帆だった。
 しかし、2008年の世界金融危機を契機に同社の収益力は激減し、社風も腐食したという。「顧客の恐怖心と強欲を食いものに」しながら、業界以外の人にはおよそ理解不能な金融派生商品が「奇跡の解決策」として売買された。
 顧客の利益は追いやられ、社内では顧客を「マペット(あやつり人形)」と呼ぶ新人アナリストまで現れた。
 こうしたモラルの低下に耐えかねた著者は、今春、12年間勤めた同社を退社する。「ニューヨーク・タイムズ」紙に寄稿した辞職の手記は全米で話題を呼んだ。
 その内実と経緯を詳述したのが本書だが、世界金融の中枢を内側から活写した貴重な証言録でもある。臨場感溢(あふ)れる展開に、驚きとため息、怒りが交錯したまま、一気に引き込まれる。人間味に富む意外な逸話も多く、マンハッタンの息吹を何度も感じた。
 ウォール街を「強欲資本主義」の象徴とみなし、その自浄能力の喪失を危惧する声は米国でも強い。「ウォール街を占拠せよ」運動はその典型だが、巨大金融の解体も含め、オバマ政権は金融規制をさらに強化する構えだ。資本主義とフェアプレーの精神は両立し得るのだろうか。
 著者の意図や主張については否定的な見方も存在する。本書の影響力を冷笑する向きも少なくない。ウォール街の巨大な現実の前に本書の存在も著者の勇気も抹殺される運命なのだろうか。
    ◇
 徳川家広訳、講談社・1995円/Greg Smith 南アフリカ生まれ。米国や英国で先物取引などを手がけた。

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