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東電OL事件―DNAが暴いた闇 [著]読売新聞社会部

[評者]後藤正治(ノンフィクション作家)

[掲載]2012年12月09日

[ジャンル]社会 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■誤りを正し、事実を求めて歩く

 東電OLを殺害したとして無期懲役に服していたネパール人のゴビンダ氏が、先頃、DNA鑑定という新証拠を得て再審無罪となった。本書は、先行して報道を続けた読売新聞取材班の足跡をまとめたドキュメントである。
 背景に、DNA鑑定が精度を高めていく歳月があった。事件が起きた97年当時は鑑定の「過渡期」で、鑑定結果が別人と一致する確率は2万余人に1人程度であったのが、新検査法の導入で4兆余人に1人まで高められてきた。
 警察署の冷凍庫で眠っていた、被害者の体内精液を採取したガーゼから割り出された型はゴビンダ氏とは一致せず、現場に残された1本の体毛とは一致した。すなわち、ゴビンダ氏以外の容疑者がいることを濃厚に示唆している——。検察がこの新証拠の開示を行うかどうか不明であった時点で、読売が記事化し、再審開始への注目度が増すこととなった。
 事件から15年。なぜに時間が空費されたのか。取材班は当時の捜査官や関係者を訪ね歩く。答えず、ドア開かず、インターホン越しに……足で稼いだ取材の上に、冤罪(えんざい)の構図が浮かび上がってくる。
 DNA鑑定が過渡期であったのは確かだったが、検察も弁護側も有力物証を見逃していた。加えてあったのは思い込みだ。被害者は「売春をしていた女性」、被疑者は「出稼ぎ外国人」。そういう偏見にとらわれなかった関係者は稀(まれ)だった。
 あとがきの冒頭、藤田和之東京本社社会部長は「正直に打ち明ければ、ゴビンダ元被告が東電女性社員殺害事件の犯人だと思っていた」と記している。本書でもっとも残る一行である。そう、評者を含め私たちの多くも漠然とそう思っていた。誤りを正すのは事実である。事実を求めて歩き、検証すること。その集積の上にジャーナリズムの意味と役割があることを改めて教えてくれる仕事だった。
    ◇
 中央公論新社・1470円/2012年度新聞協会賞を受賞したスクープのドキュメント。

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