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山口智美・斉藤正美・荻上チキ「社会運動の戸惑い」書評 フェミニズムと保守との対話

評者: 中島岳志 / 朝⽇新聞掲載:2012年12月16日
社会運動の戸惑い フェミニズムの「失われた時代」と草の根保守運動 著者:山口 智美 出版社:勁草書房 ジャンル:社会・時事・政治・行政

ISBN: 9784326653775
発売⽇:
サイズ: 20cm/345,38p

社会運動の戸惑い [著]山口智美・斉藤正美・荻上チキ

 1990年代半ばに登場した「ジェンダーフリー」という言葉は、フェミニストによって政治化され、99年の男女共同参画社会基本法成立を牽引(けんいん)した。しかし、自治体による条例づくりの過程で、保守派の反対運動が顕在化する。彼らは「ジェンダーの解消」を極端な思想と認識し、批判を展開した。本書は、2000年代のフェミニストと草の根保守の対立過程を詳細に描く。
 問題は、ジェンダーフリーという言葉の輸入プロセスに端を発する。日本のフェミニストは、米国の教育学者ヒューストンの提唱する概念として流用したが、彼女はジェンダーフリーを不適切なアプローチと主張していた。この誤読とミスリーディングが、保守派の反発を喚起する。
 草の根保守運動は、ジェンダーフリーの極端な部分にターゲットを絞り、誇張を含む形で批判を繰り返した。これは硬直化したフェミニストに違和感をもっていた一般層に届き、一定の支持を獲得した。
 フェミニストたちは、保守派の反発を「バックラッシュ」とラベリングし、反動的な無理解と一蹴した。一方、保守派も敵を巨大組織に見立て、扇動的批判を展開した。荻上が言うように「保守運動とフェミニズム運動の対立は、あわせ鏡のような構図だった」。両者が論敵を「悪魔化」し、「怖い人間」だと身構えた。恐怖心は運動を先鋭化させ、バッシングを加速させた。
 著者たちは、負の連鎖を乗り越えるために、フェミニズム側に立ちながら、保守運動の当事者と面会を重ねた。そこで見えてきたのは、運動を支える人々の温厚な人間性であり、対話の可能性だった。
 私たちは、異なる意見を持った相手に勝手なイメージを押しつけ、不信感ばかりを強化していないか。対話や理解をはじめから捨て、攻撃することに専心していないか。
 問いはジェンダーフリー論争を超えて、すべての社会運動を突き刺す。
    ◇
 勁草書房・2940円/やまぐち・ともみ 米大学教員。さいとう・まさみ 富山大学教員。おぎうえ・ちき 評論家。