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天皇の代理人 [著]赤城毅

[評者]逢坂剛(作家)

[掲載]2012年12月16日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■現代史の事件 独自視点で再構築

 著者は、ドイツを含む現代史の研究者で、専門の著作もある。そのキャリアを生かして、現代史にまつわる秘話を洗い出し、そこに独自の解釈を加えて構成したのが、この短編集である。
 昭和の末ごろ、語り手である〈僕〉は銀座のとあるバーで、津村と名乗る老人と知り合う。津村は元外交官で、若い〈僕〉を相手に、自分が戦前、戦中に体験した数かずの事件を、語って聞かせる。しかも、その話の中では津村自身がまた語り手になり、外務省嘱託を自称する謎の人物、砂谷周一郎の活躍をリポートする。この、複雑な入れ子構造は、遠い過去の事件を現代につなげるための、いわば苦肉の策ともいえようが、事件当時の時代色を描写するのに、うまく機能している。
 砂谷は、どんな高官にも遠慮なく直言し、自分の思う通りに事件を処理していく。その行動倫理は、まさに〈天皇の代理人〉のような人物で、最後までその正体を明らかにせず、神のごとく状況を解決に導く役割を果たす。
 取り上げられるのは、自殺か他殺かで論議を呼んだ、1929年の佐分利貞男公使の変死事件。36年の日独防共協定締結を巡る、駐英大使吉田茂と在独陸軍武官大島浩の、知られざる会談の報告。41年の、外相松岡洋右訪欧の裏で展開された、虚々実々の諜報(ちょうほう)作戦。巧みなどんでん返しが快い。そして45年、和平の実現を目指した、著名な藤村義一海軍中佐とF・ハックの、スイス工作の裏話。これまた、にやりとさせられるどんでん返しが、待ち構えている。
 どのテーマにも、それにふさわしいスパイの暗躍があって、史実を裏から浮き彫りにする役を果たす。いずれも、現代史上著名な事件やエピソードだが、著者はそれを既存の史料にのっとりながら、独自の視点から再構築してみせた。フィクションであることをつい忘れさせる、知的刺激に満ちた作品集だ。
    ◇
 角川春樹事務所・1680円/あかぎ・つよし 61年生まれ。作家。作品に『書物輪舞』『亡国の本質』など。

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