書評・最新書評

評伝 ジャン・デュビュッフェ―アール・ブリュットの探求者 [著]末永照和

[評者]横尾忠則(美術家)

[掲載]2013年01月06日

[ジャンル]ノンフィクション・評伝

表紙画像

■芸術の使命は「壊乱」にあり

 ヴェネツィアに次ぐ世界最大級の国際展サンパウロ・ビエンナーレに1961年、フランス代表として招待出品の要請を受けたデュビュッフェはあっさり断った。理由は自国の国家宣伝の道具に自分を利用するなんて、そんな「姑息(こそく)な駆け引き」には乗りたくないというのだ。かつてこのような理由で出品拒否をした作家はいただろうか。
 デュビュッフェは西洋文化の価値や伝統、制度の中で作られた芸術を「文化的芸術」と呼び、真の画家をめざす自分は職業的画家であってはならず、「文化的軌道」と無関係に存在する子どもの純粋無垢(むく)な精神と同等の絵こそ「文化的な回路」で描かれた以上の効力があると言う。
 彼がアール・ブリュット(アウトサイダー・アート)の発掘に力を入れる理由はこんなところにもある。彼は人間と自然の関係と、未開社会の人々の妄想を重視し、自らの芸術は発展途上の精神の深奥に眼(め)を向けると同時に西洋文化の言語による思考伝達よりも絵画の方がそれ以前の思考を伝える手段としてははるかに有効であると説く。
 また西洋の美と醜の二者択一の概念を否定し、美や醜はどこにもなく、「あきれて、腹が立つ」と無邪気に言い放ち、美と醜の区別をする西洋の習慣を徹底的に批判する。そして芸術の使命は「壊乱」にあるという。デュビュッフェの思想と生き方には気まぐれの精神が宿っているが、著者とデュビュッフェの考え方は実に示唆に富んだ多くの内容を持つ。
 ぼくがデュビュッフェに惹(ひ)かれたひとつは、膨大な作品を制作する傍ら、彼の日常生活の中で普通人以上に生活者であることだ。生活に伴う多くの雑事を片っ端から処理しながら、病弱の妻のためにも自らのためにもたえず走りっぱなしである。絵さえ描ければいいのではない。芸術家以前に立派な生活者であることにぼくは感動するのだった。
    ◇
 青土社・2940円/すえなが・てるかず 31年生まれ。美術評論家。『ジェームズ・アンソール 仮面の幻視者』など。


関連記事

ページトップへ戻る