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トクヴィルが見たアメリカ―現代デモクラシーの誕生 [著]レオ・ダムロッシュ

[評者]渡辺靖(慶応大学教授・文化人類学)

[掲載]2013年01月13日

[ジャンル]歴史

表紙画像

■旅と思索の軌跡、リアルに追体験

 1831年春、仏貴族出身の判事修習生トクヴィルは友人ボモンと共に9カ月間の米国旅行に出発した。弱冠25歳。刑務所視察というのはあくまで口実。市民が大国を統治するという、人類初の試みから40年余りを経た米国の実情を探るのが真の目的だった。
 そのときの観察記『アメリカのデモクラシー』は高評価を受け、1841年には仏知識人の殿堂アカデミー・フランセーズの会員に選ばれた。
 米国でも自国の本質を捉えた不朽の名著とされ、今でも保守・リベラル双方が主張の箔付(はくづ)けに好んで引用している。
 本書は当時の関係者の草稿や覚書、書簡をもとに『デモクラシー』の舞台裏を再構成した、いわばメイキング版である。
 馬車や蒸気船に揺られ、北米大陸の大自然に抱かれ、先住民の長からボストンの名士、さらには現職大統領まで貪欲(どんよく)に交わりながら米国理解という「生死をかけた真剣勝負」に挑んだトクヴィル。
 最良の映像評伝を観(み)ているかのごとく、本書はその旅と思索の軌跡を追体験させてくれる。
 黒人奴隷や先住民の境遇への憤り。階級・地域・人種の切迫した関係への懸念。ロシアと米国が「いつの日か世界の半分の運命を手中に収める」のではという予感。
 民主政と貴族政の狭間(はざま)で心が揺れ動くなか、喜怒哀楽に満ちた米国体験を自らの思想に結実させていくトクヴィルの姿は実にスリリングだ。『デモクラシー』の核をなす「心の習慣」や「多数派の専制」といった概念に込めた彼の想(おも)いがひしひしと胸に響いてくる。
 欲を言えば、「アメリカ人の重大な特典は……欠点を自ら矯正する能力をもっていることにある」という『デモクラシー』のなかの重要な指摘、すなわち米国の復元力をめぐる考察の背景にもっと迫っても良かったと思う。
 民族・宗教・言語の多様化、連邦政府の肥大化、党派対立の先鋭化、市場主義の遍在化、軍事大国化……。当時と今とでは米国も大きく様変わりした。
 トクヴィルはある草稿にこう書き留めている。「政府にとってもっとも難しい課題とは、統治することではなく、人びとにみずからを統治する方法を教えることだ」
 彼が賞讃(しょうさん)した米国の市民精神をオバマ大統領は現代の文脈においてどう解釈し、人びとをどう鼓舞してゆくのだろうか。
 『デモクラシー』の冒頭には「私はアメリカのなかにアメリカを超えるものを見た」という有名な一文がある。
 もしトクヴィルが今日の日本を訪れたのなら、この社会を、そしてこの国のデモクラシーをどう評価するのだろうか。
    ◇
 永井大輔・高山裕二訳、白水社・2940円/Leo Damrosch 1941年生まれ。幼少期をフィリピンで過ごし米国へ。プリンストン大学で博士号を取得。ハーバード大学名誉教授。著書『ジャンジャック・ルソー 不安な天才』は全米図書賞の最終候補に。

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