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世界正義論 [著]井上達夫

[評者]保阪正康(ノンフィクション作家)

[掲載]2013年01月13日

[ジャンル]人文

表紙画像

■「国境を越える正義」を探究

 第1章第1節の冒頭の「世界正義論とは、国境を越えて妥当する正義の探究である」という一言が、この書のすべてを語っている。法哲学の研究者として、この正義の探究は「五つの問題系」を整理することで可能だと説く。
 この五つの問題系(メタ世界正義論、国家体制の国際的正統性、世界経済の正義、戦争の正義、世界統治構造)をそれぞれ章立てにして論じていく。学術書なのだろうが、現代社会にあって「正義とは何か」との関心を持つ一般読者にとっては難解な表現も多く、ときに理解を確認しつつ読まなければならない。しかし論理を補完する引用例が今日的であるために、頁(ページ)をめくるうちにしだいに著者の用いる言語が具体的なイメージとなって伝わってくる。
 たとえば、「正義よりも平和を」との主張は、「不正の受忍は不正への反抗に比し『より小さな害悪』である」という主張と等しいとの指摘、毎年1800万人の貧困死がでている世界貧困問題に目をつぶることは「加害賠償責任の履行拒否」という意味でも無責任との視点を提示する。さらに戦争の正義を論じる章では、「少数者へのコスト転嫁による多数者のただ乗り(注。著者はベトナム戦争初期のアフリカ系米国人や貧困白人層から成る志願兵を例に引く)」を論述し民主国家が陥る「多数の専制」に鋭くメスを入れる。
 戦争の正義論では四つの類型を示してそれぞれ深く吟味を続けるのだが、そのひとつ絶対平和主義について諦観(ていかん)的平和主義の忍従、黙従などという態度とは異なるとの指摘にも考えさせられる。
 著者は終章で〈諸国家のムラ〉と呼ぶ世界秩序構想を主導する。これは著者が批判的に見る世界政府とも「無政府社会」とも異なるといい、このムラ実現には、「市民的脱国家体」を取り込めと誘う。普遍的な世界正義とは存在しえないのかもしれないとの読後感がつい口から洩(も)れる。
    ◇
 筑摩選書・1890円/いのうえ・たつお 54年生まれ。東京大学教授(法哲学)。著書に『共生の作法』など。

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