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カラヴァッジオからの旅 [著]千葉成夫

[評者]横尾忠則(美術家)

[掲載]2013年01月20日

[ジャンル]歴史

表紙画像

■絵画に肉体で向き合う批評

 何か鬼気迫るものを感じる美術批評だった。身体にぐいぐい食い込むような魔力を感ぜずにはおれなかった。絵を前にしていないのに絵の皮膜から発するアウラの洗礼を受けているような身体感覚だ。
 現代美術専門の著者が40年前にローマで初めてカラヴァッジオ絵画に出会うその日から「カラヴァッジオからの旅」が始まった。ぼくはカラヴァッジオの絵を自作にしばしば引用してきたので「??からの旅」そのものを自らに当てはめながら著者と随行の旅に赴いた。
 本書は「??から」と「??へ」の二重の旅から構成されており、2003年には10日間の旅でマルタ島、シチリア島、ローマへとカラヴァッジオの足跡を身体化させていく。画家が制作時に頭から言葉を排するように、著者は絵と対峙(たいじ)しながら自らの言葉を黙殺し、肉体感覚を全開することでカラヴァッジオ絵画との一体化を図ろうとする。著者にとって言葉は絵画作品を「感覚の領野」へ変成させるためには足手まといになる。
 絵画を物語を表現するものだと考えて言葉を総動員させている以上は、絵は見られていないも同然である。著者が最も大切にしているのは絵の前で言葉を殺して見ていた時の感覚になることという。この感覚こそ画家の創造の誕生の一瞬の感覚ではないだろうか。
 著者はカラヴァッジオの最高傑作として「ロレートの聖母」を挙げる。この聖母は実に現実的で一女性として描かれている。そこで著者は近代と出会う。つまり劇的なものは何もない。物語性も希薄だ。在るのは、リアルと静けさがかもしだす極上の美しさである。そしてこの絵の最大の魅力は「深淵(しんえん)」であると。
 そして、カラヴァッジオの色彩の魅力と、何も描かない「暗転」した背景が、さらに彼の芸術を深淵に導いてくれる。本書から読者は多くの示唆を受けるだろう。
    ◇
 五柳書院・2100円/ちば・しげお 46年生まれ。東京国立近代美術館勤務を経て中部大学教授。『美術の現在地点』

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