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世界の中の柳田国男 [編]R・A・モース、赤坂憲雄

[評者]保阪正康(ノンフィクション作家)

[掲載]2013年01月27日

[ジャンル]人文

表紙画像

■外からの目で見る多様な実像

 編者のR・A・モースらは、柳田国男を「知の巨人の一人」と評する。その存在と学問研究は単に日本だけの遺産ではなく、世界的な意味を持つというのが本書の訴えである。11人の外国人研究者、2人の日本人研究者がそれぞれの角度からその実像を描きだす。礼賛・称揚に傾かず、短所や限界まで具体的に抽出しているので、改めて我々の柳田像を見直すことになる。
 膨大な著述、独自のフィールドワークと口承重視の研究、同時にその経歴は多様だが国家が押しつけるナショナリズムとは一線を画したとの論点、視点が示される。
 とくに1920年代初頭に国際連盟の委員としてジュネーブに滞在するのだが、そこで柳田の学識は広まったとの見方、『桃太郎の誕生』ではヨーロッパと日本の物語の関係性に注目したという。比較研究中心のヨーロッパ流フォークロア(民俗学)との決別、それ自体は「西洋への反逆」だったとの分析にも合点がゆく。本書のどの研究者も柳田民俗学に深い関心を持っていることに驚かされるが、『遠野物語』はとくに格好の分析対象として深い吟味が行われる。柳田の試みを「国家に内在する異界の異国化」と見る研究者、「柳田の文才と詩人としての力量」は「写実主義的な語り」によって真実性を追求したと説く研究者、論者たちの各様の見方は日本社会が見落としていた点への足がかりともなりうる。
 その文体は文語が持つ本来の力を利用して読者の感情を呼びさますとの説はたしかに説得力を持つ。郷土研究から民俗学へと段階を高めた柳田評価もうなずける。
 柳田批判には、「家族」を強調するあまり、日本社会の多様な人間関係を単純化していないか、柳田の書き方は情緒に訴えるために批評的判断が疎(おろそ)かにならないか、など本質的な問いもある。柳田の著作が「世界の古典」になりうるかを注視していたい。
    ◇
 菅原克也監訳、藤原書店・4830円/Ronald A. Morse 元UCLA教授。あかさか・のりお 学習院大教授。

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