書評・最新書評

梅棹忠夫―「知の探検家」の思想と生涯 [著]山本紀夫

[評者]後藤正治(ノンフィクション作家)

[掲載]2013年02月03日

[ジャンル]ノンフィクション・評伝

表紙画像

■「最後の弟子」が追う仕事と生涯

 かつて梅棹忠夫氏の『文明の生態史観』や『知的生産の技術』を熟読した一人である。前著の、西欧と日本を「第一地域」として括(くく)る押さえ方にはかすかな違和を覚えつつ、ともに知的な刺激に満ちた本だった。
 本書は、梅棹の仕事と生涯を追った評伝である。著者は、大学探検部や国立民族学博物館で梅棹に至近距離で接した「最後の弟子」。それ故でもあろう、梅棹の志向と思考に目線がよく届いている。
 梅棹の最後の著は『山をたのしむ』。少年期、京都の北山に親しんだ。「登山が生涯の原点」と記す。「学術探検」を掲げ、ポンペイ島へ、大興安嶺へ、モンゴルの草原へとフィールドを広げていく。細密画を見るようなスケッチが印象的だ。生来「歩き、見て、考えること」が好きな人だったのだろうと思う。
 生態学の泰斗・今西錦司に多大な影響を受けつつ、戦後、梅棹は人類学、民族学という新領域に関心を向ける。「二番せんじは、くそくらえ、だ」「未知のものと接したとき、つかんだときは、しびれるような喜びを感じる」という言葉を残している。
 行動のベクトルが常に新たに開拓することへと向かう。原稿の書き方や研究論文の方法についても、その志向は変わらない。パイオニアたらんとすることが梅棹の生涯を貫いてある原動力だった。
 65歳のとき、ウイルス性疾患で両眼の視力を失うがくじけない。以降、口述ワープロで全23巻の著作集の完成を果たす。「そこは漢字か、漢字やったらひらいといて」といいつつ作業を重ねたとある。サポートがあったからできたともいえようが、ピアノの練習まではじめたというエピソードには驚く。
 梅棹最大のパイオニアは光を失ってからの生き方であったかも知れない。評者の学生時代、居酒屋で席をともにしたことがある。にこやかな温顔が懐かしくよぎる。
    ◇
 中公新書・861円/やまもと・のりお 43年生まれ。国立民族学博物館名誉教授(民族学)。



関連記事

ページトップへ戻る