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戦時下のベルリン―空襲と窮乏の生活1939—45 [著]ロジャー・ムーアハウス

[評者]保阪正康(ノンフィクション作家)

[掲載]2013年02月03日

[ジャンル]歴史

表紙画像

■史料と証言で描く首都の恐怖

 第2次世界大戦の期間、ナチス体制のもとでベルリン市民はどのような感情を持ち、いかなる生活を送っていたのか。1968年生まれの英国人著述家が長年の取材と未公刊の回想録・日記を駆使してまとめた〈戦時下ベルリンの社会史〉である。類書がないだけに貴重な書でもある。
 ベルリンは大戦の「恐怖をじかに経験した、ヨーロッパでごく数少ない首都の一つ」という理解を土台に据えて、戦時下市民の醒(さ)めた空気(開戦初期にはヒトラーの外交交渉で戦争終結を望んでいた)、灯火管制と配給生活、英国空軍の夜間爆撃(戦争末期には米国空軍の昼間爆撃)、ベルリン都市改造のゲルマニア計画、ラジオというメディアの登場、占領地の強制労働者の収容施設の現実などを史料と証言で畳みこむように描写する。意外なことだが、ベルリンにとどまるユダヤ人、そのユダヤ人を匿(かくま)う非ユダヤ人、あるいは地下に潜る反ナチの人たちの動きが冷静な筆で描かれることに新鮮な驚きがある。個々の史実に著者が息吹を与えているためだ。
 戦況の良い時には、ベルリン市民には平穏と落ち着きがあったのだが、戦況の悪化と共にこの首都にも暴力の地肌が露呈してくる。戦争の末期(43年秋以降)になると、恐怖という感情が街全体を支配していく。ゲシュタポの拷問と暴力、それにもめげずに反ナチのリーフレットを配布する市民、街には死体が氾濫(はんらん)し、戦争に萎(な)える空気を、著者は卑劣な密告、勇気ある抵抗など「人間」の行動を示すエピソードを通じて紹介する。
 ナチスが国民に信頼されたのは、ドイツの名誉を復権させたことと39年からの戦争の拡大にあったとの指摘、それが対ソ戦で崩れ、やがて凄(すさ)まじい暴力の応酬を受ける様は、章の見出しにある「因果応報」、あるいは「狂気の果て」なのか。本書で語られる、数多くの人間的な葛藤図に黙考せざるをえない。
    ◇
 高儀進訳、白水社・4200円/Roger Moorhouse 中央ヨーロッパ史、現代ドイツ史。『ヒトラー暗殺』



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