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リスクと向きあう [著]中西準子 /リスク化される身体 [著]美馬達哉

[評者]川端裕人(作家)

[掲載]2013年02月10日

[ジャンル]社会

表紙画像

■現場から大局から、問題提起

 原発事故以降「放射線のリスク」が注目される。当然、それを減らしたいと願う。しかし、気をつけなければならないことがある。この世には様々なリスクがあり、あるものを抑え込むと「頭押さえりゃ尻上がる」的に別のリスクが増える性質(リスク・トレードオフ)があって、一筋縄にはいかないことだ。
 『リスクと向きあう』の著者は、公害問題、とりわけ水の問題を通じてこの悩ましい現実に相対してきた。有害な化学物質を無くそうとすると別のリスクが顔を出す。殺菌で生じる発がん物質を嫌い水道水の殺菌をやめ80万人がコレラになった国がある。発がんも感染症も好ましくないが、どこかで妥協点を見つけなければならない。著者は「トレードオフ」の概念を日本に紹介し、質的に違うリスクをいかに「比べる」か現場で考え行動し続けた。原発事故を経た我々の社会で、彼女の経験と、過去の著作で原発について好意的に記述したことへの真摯(しんし)な反省は参照すべきものだ。
 『リスク化される身体』はリスク論そのものをまな板に載せて考える。70年代に医学の主流となった「リスク医学」を俯瞰(ふかん)し、リスク概念が予防の名の下「監視医学」を導くと指摘する。メタボリック・シンドロームに象徴されるように、健康増進を名目にした、ライフスタイル、価値観への介入は正当化されるのか、など。
 終章は「東日本大震災再考」と副題にある。人々が、専門家やメディアが語るリスクではなく、ネットの「風評」「デマ」を指針にして行動する様を、“リスク社会への「蜂起」”と位置づける。
 対照的な両著。現場で足掻(あが)くリスク論と、高空から俯瞰する「リスク論」。我々の社会が持つ複眼的視点と言えるが、水と油とも感じる。前者の足掻きの泥くささと、後者の巨視的な問題提起との間のギャップをどう考えるのか、というのも、現在の我々の課題だろう。
    ◇
  『リスクと…』中央公論新社・1470円/なかにし・じゅんこ
  『リスク化…』青土社・2520円/みま・たつや

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