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地図をつくった男たち―明治の地図の物語 [著]山岡光治

[評者]楊逸(作家)

[掲載]2013年02月17日

[ジャンル]歴史

表紙画像

■当たり前の裏側に先人の努力

 日本の近代地図の始まりは伊能忠敬の「大日本沿海輿地(よち)全図」いわゆる「伊能図」なのだが、これは大変精度の高い日本地図だと評価された一方、海岸線や主要な街道以外は、点検に用いた遠方の島や高山が描かれているだけで、内陸は埋められていない、とも言われた。つまり「測量しなかったところは、空白のままとした」のだ。
 明治維新後の新政府は、欧米諸国に追いつくための改革を模索する中で、もっとも基本的な情報基盤である地図の脆弱(ぜいじゃく)さに直面し、国家の急務として「地図づくり」に取り組み始めた。
 より正確な地図を作るためには優れた人材が欠かせない。緯度経度といった地球上の位置を正確に求める測量を日本で最初にした福田半(はん)をはじめ、伊能忠敬以来となる日本領土の実測図「小笠原嶋総図」の作成に活躍した小野友五郎、北海道最北端の聲問(こえとい)でもっとも過酷とされる基線測量の作業をやり遂げた杉山正治など、明治の地図づくりに携わった技術者の群像を取り上げ、数々のエピソードとともに資料写真も添えて語る。
 地図作成を担当する陸軍参謀局地図課で、技術者の指導に当たっていた川上冬崖(とうがい)が、のちに清国へ地図情報を売り渡したと嫌疑をかけられる「地図密売事件」の巻き添えとなり、自殺したという一節もある。地図づくりは国家機密として扱われるようになり、終戦後には多くが焼却されたため、大正昭和以降のそれについては取り上げられなかったと著者はいう。
 明治維新からの140年の間、世界の先進国へとまっしぐらに突き進んできた日本、その陰で地図が大きな力を発揮していたことは言うまでもなかろう。まさに著者があとがきで述べたように、現在では「あって当たり前」だと思われている地図の裏側には、「時代や社会の制約を受けながらも」努力を重ねてきた先人たちの豊かな成果がある。
    ◇
 原書房・2520円/やまおか・みつはる 45年生まれ。元国土地理院中部地方測量部長。『地図に訊け!』など。

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