書評・最新書評

コモンウェルス 上・下 [著]アントニオ・ネグリ、マイケル・ハート

[評者]渡辺靖(慶応大学教授・文化人類学)

[掲載]2013年02月24日

[ジャンル]社会 国際

表紙画像

■「所有」への呪縛、乗り越える概念

 冷戦終結後の世界秩序の本質を〈帝国〉という概念で表し、世界的に注目される2人の最新作。
 〈帝国〉といっても帝国主義の「帝国」とはまったく違う。グローバル資本主義による新たな支配のあり方、具体的には「領土や境界をもたない、中心をもたない、国民国家をも包摂する新たなグローバルな権力ないしはネットワーク」を指す。
 超大国アメリカであってもそこから自由でなく、イラク戦争に象徴される単独行動主義は、〈帝国〉にあっては最初から破綻(はたん)することが運命づけられていたという。
 「ありのままの世界」の分析を重んじていた従来の2人の作品に比べ、今回は「あるべき世界」の記述により踏み込んでいる。
 その鍵となるのは〈コモンウェルス〉という概念。ただし、ここでは「共和国」ではなく「〈共〉という富(コモンウェルス)」を意味する。
 新自由主義は自然資源(水や天然ガスなど)と社会資源(知識や情報、言語、情動など)を際限なく私的所有=民営化してきた。
 一方、社会主義はそれに抗(あらが)うべく国家所有=国営化を説くが、どちらも〈私〉か〈公〉かという「所有」をめぐる旧来の二項対立に囚(とら)われている。社会民主主義もその折衷案に過ぎない。
 つまり、三者とも〈帝国〉のなかに包摂されたままで、持続可能なグローバル民主主義の未来はそこにはないというわけだ。
 著者は、〈共〉こそがそうした「所有」への呪縛を乗り越えてゆける概念であり、「人民」や「労働者」といった特定の単位に収斂(しゅうれん)されない多種多様な人びとの集合体=マルチチュードが依拠し、蓄積すべきものだと説く。
 そのためには〈共〉を腐敗させる障壁を壊さねばならない。その代表例として著者は家族・企業・ネーション(=国民/民族)の三つを挙げる。往年のマルクス主義を彷彿(ほうふつ)させる過激な論法だ。
 しかし近年の、とりわけ若い世代の柔軟なライフスタイルやフラットな人間関係への志向はそうした動きへの(意図せぬ)予兆のように解せなくもない。
 また、シェアハウスからカーシェア、インターネット上での音楽や講義の共有にいたるまで、〈共〉へ向けた小さな営為が少しずつ広がっているようにも見える。
 世界各地で頻発しているデモには「所有」をめぐるマルチチュードによる政治的闘争としての次元もありそうだ。
 マルクス主義が軽視した人間の性(さが)=人間性の現実に本書がどこまで対応できたかは疑問が残る。しかし、時局的な小論が言論空間を浮遊する昨今、現代世界を大胆に描き続ける2人が当代希有(けう)な知性の持ち主であることは確かだ。
    ◇
 水嶋一憲監訳、幾島幸子・古賀祥子訳、NHKブックス・上下とも1470円/Antonio Negri 33年生まれ。イタリアのマルクス主義社会学者・政治哲学者・活動家。Michael Hardt 60年生まれ。アメリカの政治哲学者・比較文学者。

関連記事

ページトップへ戻る