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(霊媒の話より)題未定 安部公房初期短編集 [著]安部公房

[評者]小野正嗣(作家・明治学院大学准教授)

[掲載]2013年02月24日

[ジャンル]人文

表紙画像

■巨大な〈名〉の背後の〈!?〉な世界

 文学部で教えていて恐ろしいことがある。安部公房の名前をあげても、〈?〉顔の学生ばかり。いや、この反応に〈!〉顔の教師だって作家の全貌(ぜんぼう)を知っているわけではない。でも学生たちに世界文学の宇宙で燦然(さんぜん)と輝く〈安部公房〉の名くらいは知ってほしいし、その喚起するイメージくらいは共有してほしいと思うものだ。
 平易であるが研ぎ澄まされた方法意識に貫かれた文体で、無国籍的で不条理な作品を書いた作家。本書所収の短編を読めばわかるように、地名や人名などの固有名詞のない抽象的な作品設定は、その発想力と言葉の力だけで読者を作品世界に引きずり込む。文化的背景についての知識を持たないまっさらな若い読者に、文学の魅力・魔力を伝えるのにこれほどふさわしい作家もいないのだ。
 言葉の力だけで、と書いたが、そんな魔力を持った言葉を、その使い手自身が信用していないようにも見えるのも凄(すご)い。昨年発見された短編「天使」の主人公「私」にとって「天使」が「息子」であり「馬の化物」であるように、あるいは表題作「題未定」の旅芸人の少年「パー公」にとって行きずりの村が「故郷」となるように、あらゆる事象が、仮面を剥いで思いも寄らぬ相貌(そうぼう)を露(あらわ)にする。
 未定なのは題ばかりではない。名と本体が分離し齟齬(そご)をきたす安部公房の世界では、言葉はこの不確かな世界を、読者が訪れる束(つか)の間何とか存在たらしめる呪術なのだ。
 だから訳知り顔の教師だって、一人歩きしていく「安部公房」という名が夕陽(ゆうひ)を浴びて文学の曠野(こうや)に投げかける長い影を見ているだけなのかもしれない。〈安部公房〉の〈始まり〉の周辺に書かれ、これまでなかなか読めなかったこの短編群は、学生、教師のそれぞれが、巨大な〈名〉の背後にある〈!?〉な世界を再び・初めて体験する絶好の機会を提供してくれる。
    ◇
 新潮社・1680円/あべ・こうぼう 24年生まれ、93年没。48年に24歳でデビュー。『壁』『砂の女』など。

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