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アサイラム・ピース [著]アンナ・カヴァン

[評者]山形浩生(評論家)

[掲載]2013年03月03日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■不条理への諦め 悲しく、淡々と

 アンナ・カヴァンの作品は、しばしばカフカ的だと評される。抽象的で正体不明な人々。意味不明の裁判。強大な権力を持ち、自分を抑圧する謎めいた組織。理由すらわからない収容施設。その中で主人公「私」はなすすべもなく翻弄(ほんろう)され……。
 その不安、悲しみ、絶望をカヴァンは描く。だが、一方でカヴァンの作品は奇妙な感傷に満ちている。不当な抑圧に怒り悲しむ自分は、単に無力なだけではない。憎み、軽蔑しているはずの抑圧者に、自分は依存している。それどころか、むしろ積極的に協力して自主的にかれらにとらわれているのが自分自身なのだ。
 主人公は、実は自分でもそれを知っている。誰かの助けなど期待できないことははるか昔に悟った。ときに雄々しく抵抗と脱出を夢想したところで、自分がそれをやりぬく意志も気力もなく、やすきに流れるのを知っている。その自覚に伴う自嘲、諦念(ていねん)、そして時に妙な安堵(あんど)感までがそこにはある。
 それが一見単純に見える物語に、突き放したドライな印象をも与えている。彼女の作品、特に後の長編は、ときに散漫で私的な恨み言に流れてウエットになりすぎる。だが、彼女が作風を確立した本書では、それが見事なバランスを保っており、ぼくはこれが彼女の最高傑作だと思う。
 本書にあるのは、後悔と絶望と己の見え透いた弁明だ。やろうと思ってやらなかったあの作業。明日こそ本気を出すと思いつつしぼんでしまったあの決意。それも、誰が止めたわけでもなく、自分自身の尻込み故に何もできなかったという悔悟と絶望。そして、再び「明日こそは」と思いつつも、自分がそれをやらないこと、自分が再び逃げること、状況は決して変わらないことを、本書は諦めとともに淡々と語る。それはまた、読者自身を映すものでもあるのだ。
    ◇
 山田和子訳、国書刊行会・2310円/Anna Kavan 1901~68年。フランス生まれのイギリス作家。

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