書評・最新書評

東北発の震災論―周辺から広域システムを考える [著]山下祐介

[評者]田中優子(法政大学教授・近世比較文化)

[掲載]2013年03月03日

[ジャンル]社会

表紙画像

■脱原発ではなく脱システムを

 本書を最後まで読むと恐ろしくなってくる。「震災論」とあるが、じつは「広域システム」論だ。ここで言う広域システムとは「ある箇所の生産は全世界で展開されている生産工程に結びついており、一カ所で生じた破壊が全世界の生産活動に直接影響を及ぼす」システムのことだ。電気、ガス、水道、高速道路、新幹線、電話、インターネット等もその一部である。それがあるからこそ私たちは毎日生きている。しかしいったんシステムに問題が生じると、個人はそれをどうにもできない。
 ならば専門家や国家がなんとかしてくれるのかというと、誰も責任を持っていない。そういう状況のなかに自分が生きていることを、まざまざと実感する。システムには国家などが動かすもの、企業などの経済社会が動かすもの、自治体や人間関係の網の目もあるのだが、その全体は誰にも見えない。主体が無いので、ほころびが出ると制御も修繕もできないのである。
 かつては家々の復興はそれぞれがおこなっていた。それを基盤に経済も自治体も再建された。しかし今は、大きなシステムが動かないと家も個々の生活も成り立たない。そこで、災害が起こるとますますシステムに自分を追い込む。人間のためのシステムが「いつの間にかシステムのための人間になっている」のだ。
 著者は震災後の東北での経験や東北の歴史の検証から、地域のシステムが中央のシステムに取り込まれ利用されてきたことに気づく。原発だけでなく、貿易自由化、大店舗乱立、リゾート開発、市町村合併もしかり。小さなものを食いつぶしながら巨大化し、利益は中央が取り、地域にそのリスクを押しつけるのが広域システムの特長である。
 脱原発ではなく脱システムこそが必要だという。システムと個人の中間に、小さな共同体の意志を創り出すことが脱システムへの始まりだとも。重要な指摘の書である。
    ◇
 ちくま新書・924円/やました・ゆうすけ 69年生まれ。首都大学東京准教授(地域社会学)。『限界集落の真実』など。

関連記事

ページトップへ戻る