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皮膚感覚と人間のこころ [著]傳田光洋

[評者]横尾忠則(美術家)

[掲載]2013年03月03日

[ジャンル]科学・生物

表紙画像

■触れるとなぜ気持ちいいのか

 皮膚感覚という語は日常によく耳にするが、概念に対する身体感覚という意味で認識されているように思う。私たちは普段、皮膚に類する語を比喩的にけっこう無意識に使っている。「鳥肌が立つ」とか、「一肌脱ぐ」とか、「虚実皮膜の間」とか。
 「虚実皮膜」は虚構と事実の微妙な境界にこそ芸術の真実が宿るとする考えで、その両極を共有する薄い膜が皮膚じゃないかと想定するならば皮膚がにわかに芸術と深い関係を生じるじゃないですか。
 また「皮膚之見(のけん)」という言葉を耳にすることがある。その意味は、表面だけでは分からない皮下にモノの本質があると言いたいのだが、この「皮下」こそ本書のテーマである「人間のこころ」ではないのだろうか。余談になるがアンディ・ウォーホルは「表面が全てで裏には何もない」と、全くこの言葉と真逆のことを言っている。
 それはさておき、皮膚は世界と自己の境界を形成するものであり、環境と身体と心と皮膚についての見地から、著者は人間とは、生命とは何かということを多面的に皮膚科学の視点から考察していく。
 僕が特に皮膚を意識する瞬間は、入浴中に自らの皮膚に触れる時だ。「気持ちイイ」のは皮膚感覚が心理に与える影響だ。皮膚の刺激が心に及ぼす影響は母親の皮膚体験により、幼児期の人格形成にさえ影響する。ヴァレリーは「人間にとってもっとも深いものこそ皮膚だ」と語る。
 皮膚感覚は自己と他者を区別する意識と深く結びつく。自分の皮膚に触れるより他人に触れられた時の方が心地いい。つまり皮膚が自己意識を作っているということ。自己が皮膚と共にあるということは普段、意識しないが、本書の読後は皮膚と心が不離一体の関係にあることを脳と共に強く意識する。そして精神の健康と皮膚の健康が密接であることを自らの皮膚に触れながら感じていたい。
    ◇
 新潮選書・1155円/でんだ・みつひろ 60年生まれ。資生堂研究所主幹研究員。『皮膚は考える』『第三の脳』など。

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