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妖怪学の祖 井上圓了 [著]菊地章太

[評者]柄谷行人(哲学者)

[掲載]2013年03月10日

[ジャンル]人文

表紙画像

■妖怪で哲学を説いた啓蒙主義者

 近年、井上圓了といえば、妖怪の研究者で、漫画家水木しげるの大先輩のような人だと考えられている。が、彼は明治初期、井上哲次郎と並ぶ哲学者であった。そして、彼が「妖怪学」という講座を開いたのは、哲学を民衆に説く方便として、である。妖怪といっても、今なら人が幻想と呼ぶものに相当する。たとえば、国家は共同幻想だというかわりに、国家は妖怪だというようなものだ。
 とはいえ、圓了は文字通り、さまざまな妖怪現象を調査し、それが幻想であることを人々に説いてまわった。その意味で、彼は啓蒙(けいもう)主義者であった。したがって、妖怪について書いた民俗学者柳田国男は、先行世代の圓了を嫌った。ロマン主義的な柳田にとって、妖怪は消滅しつつあるフォークロア(民俗)の一種として重視すべきものであったから。しかし、実際には、圓了は柳田に劣らず全国を歩いて妖怪について調べ、それを文学的装飾なしに記録した。現在、日本の漫画・小説などで引用される妖怪はほとんど、圓了の著作にもとづいている。
 しかも、彼の「啓蒙」はそれに尽きるのではない。妖怪にはいくつかの種類がある。いわゆる妖怪は仮象であり、自然科学によって真相を解明できる。しかし、そのような仮象が除かれたあとに、人は真の妖怪(真怪)に出会う。それは、この自然世界そのもの、カントでいえば物自体である。実は、圓了は、明治の浄土真宗派から出てきた宗教改革者だった。彼は仏教的認識を、哲学として、さらに、それを妖怪学として語ろうとしたのである。
 彼は大学を出た後、どこにも属さず、自分で学校を創設した。型破りの人物である。本書は、いわば圓了自身の「妖怪」性を、ヴィヴィッドに伝えている。さすが圓了が創立した東洋大学で、現在「妖怪学」という講座を担当する著者ならでは、と思わせる本である。
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 角川選書・1785円/きくち・のりたか 59年生まれ。東洋大教授(比較宗教史)。『悪魔という救い』など。

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