書評・最新書評

キャパの十字架 [著]沢木耕太郎

[評者]後藤正治(ノンフィクション作家)

[掲載]2013年03月17日

[ジャンル]ノンフィクション・評伝

表紙画像

■「贋」背負い「真」へ、1枚の写真への旅

 第二次世界大戦前夜に戦われたスペイン内戦。共和国軍(人民戦線)は反乱軍(ファシズム陣営)に敗れ去るが、多くの人々が身を投じるに価(あたい)すると信じえた最後の戦争として、いまも特別な記憶を残している。
 内戦の遺産として、二つの傑出した作品が残された。一つはパブロ・ピカソの絵画「ゲルニカ」、一つはロバート・キャパの写真「崩れ落ちる兵士」。写真は、撃たれた共和国軍の兵士が倒れる瞬間を捉えた〈この一枚〉。『ライフ』に掲載され、報道写真史上、最も高名な「聖画」となった。
 これまで著者の沢木はキャパの伝記や写真集を訳してきた。その過程で、小さな疑念を抱く。いつ、どこで、どのように撮ったのか。戦史研究書や新たな写真類が現れ、場所や被写体が判明してくるがなお定かではない。果たして戦場だったのか、そもそもキャパが撮ったものなのか……疑念はさらに膨らんでいく。
 スペイン、パリ、ニューヨークへ旅し、地形や古雑誌や写真を繰り返し解析していくなかで、ある結論に達する。写真は、演習中に足を滑らせた兵士の姿であり、撮影者は、戦車に轢(ひ)かれて死んだ恋人、ゲルダ・タローの手になるものだ、と。
 本書はまず、極めて上質の、考察と検証のノンフィクションとして読むことができる。ただ、本書の主題は最終章「キャパへの道」にある。
 「崩れ落ちる兵士」によって、無名のユダヤ系ハンガリー人の若者は一躍、「偉大な戦争写真家キャパ」となった。虚名に追いつき「負債」を埋めなければならない。以降、キャパは銃弾の飛び交う戦場に身をさらすことを欲し、ノルマンディー上陸作戦では、もう一つの〈この一枚〉、「波の中の兵士」を撮るに至る。
 「贋(がん)」から「真」へ。あるいは贋を背負ったが故に真へと上り詰める。初期の沢木作品から一貫してある問題意識、「彼以上の彼」という言葉を改めて想起する。人は生身の自分以上の自分になりうるのか。二十年余、なぜキャパにこだわり続けたのか、その訳が解けてくるのである。
 彼以上の彼になった写真家。名声、酒、ギャンブル、世界一の美女イングリッド・バーグマン。すべてを手にしつつ、所詮(しょせん)ブルーなる日常であり、「余生」に過ぎない。「吐息」をつきつつも男は再び戦場に向かう以外になかった。人とはやはりそのような存在であるものなのだ——。
 ラスト、インドシナで地雷を踏む直前に撮られた「遠ざかるトラック」が載っている。あたかも、さらなるもう一つの〈この一枚〉のごとくに余韻が深い。
    ◇
 文芸春秋・1575円/さわき・こうたろう 47年生まれ。作家。『テロルの決算』『一瞬の夏』『敗れざる者たち』『深夜特急』『檀』など著書多数。訳書に『キャパ その青春』など。

関連記事

ページトップへ戻る