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差別と反逆 平野小剣の生涯 [著]朝治武

[評者]中島岳志(北海道大学准教授・南アジア地域研究、政治思想史)

[掲載]2013年03月24日

[ジャンル]ノンフィクション・評伝

表紙画像

■平等求め、天皇に託した希望

 被差別部落に生まれ、初期水平運動で華々しく活躍した平野小剣。長髪で髭(ひげ)を伸ばし、人一倍、スタイリッシュだった。しかし、その名は忘却され、否定的評価が下される。理由は、後半生が熱烈な国家主義運動に傾斜したからだろう。なぜ部落解放運動を闘った青年が、天皇に希望を託したのか。
 福島生まれの平野は、子供時代から厳しい差別を受けた。若き日には、恋人に出自が知られ、絶交された。怒りは絶望に結びつき、自暴自棄の生活に陥った。
 平野を救ったのは、社会運動だった。不正義を追及し、支配階級に反逆することがアイデンティティーとなった。
 この過程で、注目したのが天皇の存在。周囲の同志が、天皇制を身分差別の源泉と見なす中、平野は天皇こそが人民の平等を担保すると考えたとみられる。曰(いわ)く「我等の上に唯だ御一人在すのみである。他は平等でなければならぬ」。
 平野が希求したのは、「一君万民」のイデオロギーだったのだろう。天皇の超越性を認めれば、すべての国民は一般化される。そこに身分の上下は存在しない。国体原理への回帰が、解放を実現する。
 この逆説的な希望が、平野の民族主義を激化させたのではないか。大御心を阻害する「君側の奸(かん)」への反逆を天皇への忠誠と捉え、国家への奉仕こそが部落差別の克服につながると考えて、国家主義的闘争に飛び込んだのだろう。
 平野にとって許せなかったのは、天皇機関説だった。それは平等の源泉の否定に他ならなかった。彼は内田良平や蓑田胸喜と連携し、排撃運動の先頭に立った。1940年に49歳で他界するが、その葬儀委員長は頭山満が務めた。
 平野のアイロニカルな姿は、我々の心を締め付ける。狂おしい情熱は、悲しみを加速させる。しかし、平野を封印しても前には進めない。
 平野を忘却の彼方(かなた)から救い出した著者に花束を。
    ◇
 筑摩書房・2940円/あさじ・たけし 55年生まれ。大阪人権博物館勤務。著書に『水平社の原像』など。

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