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森鴎外―日本はまだ普請中だ [著]小堀桂一郎

[評者]荒俣宏(作家)

[掲載]2013年03月31日

[ジャンル]ノンフィクション・評伝

表紙画像

■破格の人間語る、700ページの「史伝」

 取り扱われた森鴎外の事績が膨大に過ぎたのか、それとも著者の側で書くべき材料が溢(あふ)れ返ったのか。たぶん両方が切り結んで700ページに及ぶ大評伝となったのだろう。鴎外の一生全体をほぼ過不足なく語っていくが、副題を「普請中だ」としたのは唯事(ただごと)でない。「普請中」は、「舞姫」の後日談とも読める短編のタイトルで、西洋から日本まで追ってきた恋人の処遇に窮する鴎外らしき官僚が、女に拒絶を言い渡す際に発した「決めゼリフ」だからである。
 鴎外がそもそもドイツ留学に出たのは、衛生面から日本を普請するためだった。軍隊を悩ます脚気の病原を細菌とするドイツ先端医学か、あるいは栄養学的な問題だとするイギリス経験医学か。これは陸軍対海軍の代理戦争でもある。また留学先では、元お雇い外国人の地質学者ナウマンが、日本の文明開化は外圧から発したもので舵(かじ)取りが利かないと批判し、世俗でも日本の生活環境は不潔だという誤解が流布していた。論争相手続出で、帰国後は全医学の改造も鴎外の肩にかかる。世界の医学情報を収集する医学ジャーナリズムの確立も急務であった。ちなみに本書は「情報」という便利な術語を造ったのは鴎外だとする見解に与(くみ)しているが、最新の研究で否定する人もいるので要注意。
 それにしても破格の人間である。軍人・医学者として日本普請に邁進(まいしん)しつつ、その「片手間」に日本文学をも普請してしまう。天敵とみなした自然主義に向けては、自身の罪を告白することでよしとする風潮が結局は自分の暗部を曝(さら)す露悪趣味に堕すると批判、軍人らしく情報力を活用した戦略に打って出る。まず、ドイツから新聞雑誌を大量に取り寄せ、活(い)きのよい新奇な短編小説を次々に訳出する。そのあとは、自然主義の得意技だった私生活描写を逆手に取り、なんと資料性が勝負の「史伝」として描き上げる実験に挑む。有名な「渋江抽斎」以下、あえて無名の江戸文化人を取り上げ、資料を発掘し取材する作業をも小説の一部に組み込むのだ。だが、取り上げた人物が平凡に死んでいるため、その作風はどこか身上調査書めいていき、肝心の読者がついていけなくなる。本書の著者も、同情と寛容をもって晩年の「史伝」を読むよう求めている。
 ならば鴎外は何を普請したかったのか。「史伝」はドラマ化や私生活の暴露ではなく、個人の静かな精神史だ。本書は鴎外の遺書を紹介するが、「石見人森林太郎として死せん」との遺言は、鴎外史伝が目指した無名にこだわることの意思表示だ。そういえば本書の書きざま自体も、これに倣って鴎外を「史伝」として普請する試みであるように感じる。
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 ミネルヴァ書房・4410円/こぼり・けいいちろう 33年生まれ。東京大学名誉教授(比較文化・比較文学、日本思想史)。『若き日の森鴎外』『森鴎外——文業解題』『森鴎外——批評と研究』『宰相鈴木貫太郎』『日本人の「自由」の歴史』

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